平成19年11月


11月30日(金)

●ご存知でしたか。11月30日は「シルバーラブの日」。ある調査では、高齢者の異性との愛情関係を望む人は男性94%、女性70%にのぼっており、「もう年だから…」なんて声は聞かれない。そう言えば、昔からよく『枯れ木ほどよく燃える』という▼「シルバーラブの日」を決めるきっかけは半世紀前の大スキャンダル。戦後の1948(昭和23)年、歌人で66歳の川田順が39歳の大学教授夫人と家出(駆け落ち)した日。川田「墓場に近き老いらくの恋は怖るる何もなし」、夫人「はしたなき世の人言をくやしくともかなしとも思へしかも悔なき」を詠んで▼3年前から続いた教授夫人との恋の行く末を悲観して、死を覚悟しての“逃避行”だったが、後に2人とも連れ戻され、ゴールイン。この駆け落ちが「老いらくの恋」の流行語に。96歳まで作歌活動を続けた教授夫人は辻井喬氏の小説「虹の岬」のモデルにもなった▼ハピーエンドばかりではない。ある高齢者施設で、食べ物は食い散らかし、排泄物を垂れ流していた75歳の女性が入所してきた80歳の男性に“一目ぼれ”。身の回りの始末など自分で処理するようになった。施設内の批判の声が高まり、男性は退所。男性が再び訪れた時、2人は首を吊って…▼表面に出ないが、こんな話は超高齢化社会を迎え、氷山の一角。80%強が「高齢者の恋愛はいいこと」と答えており、高齢者が恋をすると若返る。「さらさら揺れる吾亦紅 ふとあなたの吐息のようで〜」。周囲が「怖るる何もなし」の恋愛風景を直視し、温かい理解が必要ではないだろうか。(M)


11月29日(木)

●心が華やぐ思いはいくつになっても持ち続けていたい。そうした思いを文章をつづることで伝えられる対象が身近にいれば、幸せなことだろう。住友信託銀行が募集した「60歳のラブレター(7)」(NHK出版)を読んで、幸せのおすそ分けに預かった気分になった▼歳月を共に重ねてきた伴侶へのはがき一枚分の恋文だ。今回は全国から7879通の作品応募があり、156編を収めて本にした。夫から妻へ、妻から夫へ、つづられた言葉には、いたわりと感謝がこめられている▼なかには天国の伴侶への恋文もある。中年過ぎてから結婚にこぎつけ、短い月日しか共に過ごしていない相手に対する深い思いやりもある。どの恋文にも、しみじみとした情愛があふれている▼読み終えた本の横に「夫婦の4割が会話30分以下」という記事を並べてみた。こちらは明治安田生命が全国約1000人を対象に実施した調査結果だ。平日の会話時間は「1分以上30分以下」が約4割もいて最多だという▼会話が30分以上の夫婦は、9割以上が相手に愛情を感じている。だが30分以下では3割が愛情を持てず、離婚を考えたことがあると答えた割合は妻が半数、夫も3割を超す。なるほど会話のない夫婦は、愛情も乏しく、離婚の危機も増すのだなと改めて納得した▼「60歳のラブレター」に作品を寄せた夫と妻は、一日にどのくらいの時間を会話していたのだろう。30分以上だったのか、それとも意外に少なかったのか。言葉を交わさなくても心は通い合う関係だってある。でも、まあ恋文を交わし、会話を楽しむ夫婦がいいな。(S)


11月28日(水)

●「レオ散歩に行くよ。外は雪だぞ」「走りまわれるぞお。雪大好きだろう」「犬だって、こたつが大好きなんです」こたつから顔を出したレオが「いちどはいるともう…」。先日の本紙の四コマ漫画(おおた美登利さん作)は暖房問題を風刺していた▼部屋を暖かくする灯油は北海道の生活には不可欠。その灯油が原油高の影響で来月からまた値上がりする。生協コープさっぽろが1g当り17円の値上げを決めた。函館98円、旭川97円、札幌96円、稚内、根室など101円と過去最高値。世帯当りの出費は4万5600円増に▼秋からガソリンをはじめ、石油製品が相次いで高くなっており、灯油の値上げはさらに家計を直撃。この“緊急事態”の風は高齢者や年金生活者に特に冷たく吹く。我が家ではルーフヒーテングなど電気代は夏場の倍になり、玄関や車庫前の除排雪費、灯油代を含めると1カ月の出費は3万5000円を超す▼自衛艦がインド洋で他国の艦船に給油した代金は約220億円(人件費なども含めると約650億円)といわれ、海上テロから原油を積んだ日本のタンカーを守ることで理解してきたが、もし200億円分の灯油が厳寒の北海道に回ってきたら、どんなに助かることか▼来月中旬には卸値がさらに引き上げられる動きもあり、生協の価格が道内の灯油相場の指標となっているだけに心配だ。石油ストーブの設定温度を2度下げたが、節約にも限度がある。「備蓄石油を緊急事態の北海道に回して」と国や道に要求しませんか。“レオがこたつで丸くなる”ためにも。(M)


11月27日(火)

●そんなにもらえるなら、もう1人頑張ってみる気が起きるかもな、と夫婦の会話が弾んだかもしれない。お金で出産を奨励するようで幾分の違和感は残るが、少子化に歯止めがかからない現状では、まあひとつの作戦ではあろう▼証券大手の大和証券グループが、来月から正社員が3人以上の子供をもうけた場合、出産祝い金200万円を一律支給すると決めたニュースを知り、経営陣の英断に感嘆するとともに驚きもした▼第3子以降に100万円を支給する制度は、いくつかの企業がすでに採用している。自治体でも合併しない宣言で知られる福島県矢祭町が人口増に結び付けようと導入を決めた。だが200万円の高額は、今回が初のケースだ▼子どもを持つと確かに金がかかる。幼稚園から大学卒業までの費用は、私立が中心だと約1600万円との試算もある。子どもが3人いて、全員を大学までやるのはよほどの資産家でない限り家計に重い負担になるのは、目に見えている▼少子化が急速に進んだ背景には、国や自治体の子育て支援の手薄さとともに教育にかかる費用の増大があるだろう。子どもは1人かせいぜい2人にとどめ、幼いうちから習い事や塾に通わせる。目指すは一流大学、一流企業。教育パパやママの願望だ▼さて、目の前にぶら下がった200万円は、大和正社員約1万3000人にどんな反応を呼び起こしたろうか。傍から見ればうらやましい額だが、冷静に考えると子ども1人を成長させるには足りない。出産が増えればご同慶の至りだが、抜本的な少子化対策にはならないように思う。(S)


11月26日(月)

●作家山田風太郎さんが「あと千回の晩飯」の初回に「死は諦(てい)念をもって受け入れても、老いが現実のものとなったときはるかに多くの人が、きのうきょうのこととは思わなかったと狼狽(ろうばい)して迎えるのではあるまいか」(朝日新聞社)と書いている▼忍法帖シリーズでベストセラーを連発した山田さんは、医師でもあったから自分の肉体的な衰えを冷静な目で見つめていたのだろう。在原業平の辞世の歌を掲げて、『「ついにくる」と言いかえて老いと解釈すれば、人生まさにその通りだ』と記す▼老いは若死にしない限りだれにも平等にやってくる。不老長寿を強く願った秦の始皇帝にも死が訪れたように、老いも避けることは出来ない。老いをどう迎え、どのような日々を送るかは人生の仕上げの重大事だろう▼日本人の10人に1人が75歳以上の後期高齢者であると総務省が推計した。男女別では男性479万人、女性797万人で計1276万人に上る。日本の総人口は1億2779万人だから比率で見ると10%に相当する▼人生50年といわれたのは、はるか過去のことになった。明智光秀の謀反にあい、49歳で死んだ織田信長は「夢幻のごとくなり」と辞世を詠んだというが、いまや男性でもそれから28年余、女性は35年余も生きる長寿時代だ▼アル中ハイマーを自称した山田さんは、狼狽して迎えた老いの向こうに「老年のよろこびは無責任にある」と喝破した。仕事や社会貢献にいそしむのもいいが、山田さんのような生き方だってあってもいい。いつか仲間入りする先輩に乾杯だ。(S)


11月25日(日)

●函館市の繁華街。昼夜を問わず、ずらりと客待ちのタクシーが並ぶ。深夜になると、歩行者よりタクシーの台数が多いぐらいだ。何時間も並んでいる姿を見ると、短距離の利用では先頭車両に乗るのがためらわれ、つい流しのタクシーを止めてしまう▼タクシーの供給過多を生んだのは、2002年の規制緩和である。結果、台数増による過当競争が乗車率の低下や売り上げ減を招いた。それは歩合給の運転手の賃金に跳ね返り、最低賃金に届かないケースも生んだ▼このため国土交通省は20日、タクシー増車に規制を設ける「特定特別監視地域」の新制度を導入、国は逆の方向にかじを切り始めた。函館も、福岡や高松などとともに、労働条件の監視を続ける「準特定特別監視地域」に指定された▼これに対し、利用者や関係者からは「もっと早く規制していれば」「業界はまだ発展途上、過去に逆戻りする」などの声が上がっている。一方で「福祉タクシーなど、新たな生き残り策も模索してみては」などの意見も。期間は来年8月末までで、結果が注目される▼タクシー業界の「行き過ぎた規制緩和」を問題にした1人に、地元選出の金田誠一衆院議員がいる。「最低賃金さえ割り込む運転手がいるような規制緩和は、明らかに誤っている」と街頭や国会で訴え続けた▼今回の新制度導入は賛否両論があるが、タクシーの需給調整問題は、函館の実情を背景にした国政の課題だ。「弱者のための政治」を訴える金田氏は今期限りでの政界引退を表明したが、その情熱を残りの任期の中で燃焼させ、国政の課題をあぶり出してほしい。(P)


11月24日(土)

●「どんなに辛(つら)い状況に置かれていようが、どんなに社会から浮いている存在といわれていようが、意志を強く持ち続け、あきらめない」。北星学園余市高校の生徒会長、後宮嗣くんから届いた手紙だ▼手紙は、同校の生徒と卒業生15人が執筆、編集した本「しょげてんな!!」(教育史料出版会)に添えられていた。後宮くんは、全国の不登校や悩める同世代に向けて応援のエールとしてこの本を出版したと述べている▼同校は、不登校や中退者、ヤンキー少年たちを受け入れていることで、有名になった。生徒たちの年齢もさまざまで20歳を過ぎた生徒もいる。そうした生徒たちが、どんな思いでいるのか、15人が自分の過去や学校での様子をつづった▼21歳のえみさんは「ぶっちゃけ親にさえも話していないこともあるし、決してキレイとはいえない自分の過去を、こうして書きとめるのはかなり勇気がいる」と書き出す。シンナーに溺れたことや、妊娠中絶でわが子を失った辛さも隠さずに書く▼「まさか母校で教師になろうとは」の妹尾克利さんは、教師になっても「北星余市でだけは働きたくないと思っていた」そうだ。それが、いまは「大家族」の一員であることに誇りを持つようになった。大家族のメンバーは、生徒と先生、寮のおばちゃんなど多彩だ▼同校は、かつて存続が危ぶまれたことがある。生徒数が減り、私学としての経営が暗くなったからだ。だが学校はもちろん卒業生や親、地域の協力で危機を乗り切った。本からは、母校の灯を消すまいとの熱い思いも伝わってくる。(S)


11月23日(金)

●ハローワークにアクセスし、希望条件を入力すれば自宅でも求人情報の検索が可能な時代。法改正で高齢者対策とか、再チャレンジとか言って年齢制限は原則禁止というが、実際は面接に行くと「60歳を超えていては…」「即戦力の経験者を…」の反応ぶり▼「働きたいのに年を取ると難しい」と友人。日本語大辞典によると、「はたらく」の本来の意味は動くこと。そこから、精を出して仕事をする意味が派生して、「人」と「動」を組み合わせた「働」の文字が中世にできたという。「働」は中国にはなく、日本で作られた。働くことは健康にもつながる▼「勤労をたつとび、生産を祝い、感謝しあう」という趣旨の「勤労感謝の日」は、昔は「新嘗(にいなめ)祭」だった。日本人が「働く」といえば農作業。新嘗祭の歌に「民やすかれ…垂穂の稲の美穂…」とあるように、特にお米作りに精を出し、天皇が国民を代表して感謝した▼「嘗(な)める」は相手を「みくびる」ように使われているが、本来は「辛苦を十分に経験する」ことだ。農民が苦労して育てた新穂を供えて、神々と一緒に「嘗める」のだ。昭和天皇も「新米を神にささぐる今日の日に深くもおもう田子のいたづき」と農民の精をしのばれた▼少子高齢化、核家族化などのせいか、親に子に隣人に感謝する心が薄らいできたような気がする。それにフリーター、長時間労働、過労死などが拍車をかける。働く喜び・感謝をもつ環境を作って、他人の仕事や働けない人にも気配りする強い“心の働き”が必要。23日は「勤労感謝の日」。(M)


11月22日(木)

●世界ボクシング評議会フライ級チャンピオンの内藤大助選手(33)は、今年最も注目を集めたボクサーだろう。あの格闘技まがいの世界戦に勝ち、さわやかさと潔さで名を挙げた。ひどい試合を仕掛けて敗れた相手にも内藤選手は寛容だった▼内藤選手が胆振管内豊浦町の母校を訪れ、小学生の後輩たちと交流する様子をテレビで見ながら、すっかりファンになった。飾らない性格は、ちょっとたれ目の笑顔に表れている。披露したシャドーボクシングは、さすがチャンプの切れ味だった▼東京後楽園ホールは、ボクサー憧れの殿堂だ。ここでは毎週のように新人から日本チャンピオンクラスまでの試合が行われている。内藤選手ももちろんこのリングに立ったことがある▼間近で見るボクシングの試合は、たとえ新人同士の戦いでも迫力があり、スリリングだ。選手の体から吹き出る汗が、激しい動きにつれてリング外まで飛んでくる。その両眼は、獲物を追う猛きん類のように鋭い光を放っている▼そうした目つきが、弱気にかげる瞬間がある。相手のパンチを浴び、くず折れる間際に見せる敗者の目だ。内藤選手は、順風満帆にチャンプになったわけではない。1ラウンドKO負けの屈辱を味わったこともある。だが挫折を経験として生かしながら、厳しいトレーニングを重ねたのだろう▼プロのタイトル戦は、名誉と収入を懸けた真剣勝負だ。後輩たちとの交流で屈託のない笑顔を見せた内藤選手も次のタイトル戦を考えているに違いない。猛きん類の目で勝負を挑む内藤選手をこれからも応援したい。(S)


11月21日(水)

●「板場に立つと背筋がシャンと伸びて首すじから下がまっすぐで、話しながらも手は休むことなく、颯爽(さっそう)とした仕事ぶりだ」。作家嵐山光三郎さんが、小野二郎さんを描写したくだりだ(「江戸前寿司一(ピン)の一(ピン)の店を行く」新講社)▼銀座のすしの名店「すきやばし次郎」店主の小野さんは、子供のころ右手に大やけどを負った。そのためすしを握るときは、左利きになったという。その小野さんが82歳にして三つ星シェフの称号を得た▼握りすし名人というと、真っ先に名が挙がるのが小野さんだ。全国のすし店主の憧れ、グルメでなくても一度は小野さんの握りを食べたいと願う人は多い。「ふんわりと握ってかつ崩れない」と嵐山さんはその妙技を絶賛する▼レストランやホテルの格付け本として名高い「ミシュランガイド」が、新たに東京版を発行し、「すきやばし次郎」はじめ、8店を最高評価の三つ星にランクした。選ばれた店と店主にとっては、この上ない名誉で、もちろん店の繁盛につながる▼8店を見るとすしが2店、和食が3店、フランス料理が3店だ。ガイドの権威は、専門調査員が自費で食べに行き、味や店の雰囲気などを厳格に調べた上で評価することで保たれる。だが、すしと並び日本を代表する天ぷら専門店がないのは少し寂しい▼今回のガイドは、東京だけが対象だ。評価が地に落ちた「吉兆」は論外としても、地方にもとびっきりうまい店がある。全国版を編集するとしたら、素材に恵まれた函館・道南からも星が付く店があるかもしれない。(S)


11月20日(火)

●列車で大沼公園駅近くを通ると、駒ケ岳は頂上から3分の2ほどが雪に覆われ、ふもとにはまだ冬枯れの色が残っていた。わずか数日前のことである。それが、一昨日から降った雪で、いまや一面の銀世界になった▼函館市内の街路樹は、黒々とした枝に雪を載せている。朝登校する小学生たちは、色とりどりの長靴を履き、フードの付いたコートやジャンパーを着ている。本格的な雪を楽しむように足取りは軽やかだ。冬が一気にやってきた▼風に乗って雪が舞う。スタッドレスへの交換を先延ばししていた夏タイヤの車は、あわててガソリンスタンドに駆け込む。この先も気温の上昇する日があるだろうが、次のタイヤ交換は春の陽気が戻ってからだ▼5月に亡くなった作家藤原伊織さんに「雪が降る」という作品がある。ばくち好きの中年男が、親友の妻となったかつての恋人と雪の日の映画館で偶然出会う。そして2人は、次に雪が降る日の再会を約束して別れる。だが恋人は約束の場所へ急ぐ途中、車の事故で死ぬ▼男女の心の機微、男同士の友情、少年の純な思いが鮮やかな筆致で描かれた作品だ。「テロリストのパラソル」で江戸川乱歩賞と直木賞をダブル受賞した藤原さんの作品のなかでもファンが多い一遍だろう▼タイトルの由来となったアダモの「雪が降る」を思い出す。日本語で歌い大ヒットしたシャンソンだ。「雪が降る あなたは来ない…」。雪は、さまざまな思いを蘇らせる。海峡の風に吹かれて舞う雪を眺めながら、藤原さんの作品を思い浮かべ、アダモの歌を口ずさんだ。(S)


11月19日(月)

●亀山のあたり近く、松の一村ある方に、幽かに琴ぞ聞えける。峯の嵐か、松風か、尋ぬる人の琴の音か…、少しもまがふべうもなき小督殿の爪音なり。楽は何と聞きければ、夫を思うてこふとよむ想夫恋(そうぶれん)と云ふ楽なり(平家物語「小督局」)▼米フロリダ州立大の心理学者の研究によると、初めて顔を見て、魅力的だとか、パートナーになりたいとか、判断するのに必要な時間は「0・5秒」という。0・5秒で“一目惚れ”した夫婦仲が30年も40年も続く。時計メーカーが調査した熟年夫婦を漢字で表したデータに納得▼真珠婚を漢字にすると、トップ3は「真」「和」「絆(きずな)」だが、妻側の2位は「忍」だった。「絆」や「愛」は20代に多く、「忍」は60代の女性が最も多い。どちらかと言えば妻の「忍」によって「和」が保たれているのだ。が、愛知県で80歳の妻が75歳の夫の殺害を図り逮捕された▼「夫にこき使われていた。今までの恨みがたまって殺そうとした」と供述。何を恨みに思ったのか。群馬県では「捨ててやる」と言われて、オノで夫を襲った。一方、60代の夫婦の44・5%は「生まれ変わったら別の人と結婚したい」と考えているデータも▼上下の唇が触れるようで触れないように発音するのが「ふうふ」。つかず離れず、寄り添うのが長持ちの秘訣か。月下の琴が奏でる「想夫恋」を詠み、妻を想う「妻恋衣」の気持ちを忘れなければ、老老介護も苦にならない。11月22日の「いい夫婦の日」に「遷化(せんげ)までの共存」を再考してみよう。(M)


11月18日(日)

●宮崎駿監督のアニメ「風の谷のナウシカ」は、フンザをモデルにしたといわれる。桃源郷とたたえられるフンザはパキスタン北西部にあり、辺境ツアー客に人気が高い。標高世界2位のK2など高峰が連なるカラコルム山脈への入り口でもある▼そのフンザへの観光も政情不安が募る現状では、安心して出かけられない。パキスタンに非常事態宣言が出され、憲法が停止されてから2週間。「清浄な国」を意味する同国の混迷は、収拾の糸口さえ見出せないまま時間だけが経過している▼1999年の無血クーデターで実権を握ったムシャラフ大統領は、陸軍参謀長を兼務している。大統領選で勝利したムシャラフ氏に対し、政敵が兼務は憲法違反だと訴えた。最高裁がそれを認める動きを示したことが、今回の混乱の発端になった▼日本の経済閣僚に同行して同国を訪れたとき、首都イスラマバードで大統領に面会した。カーキ色の服装で現れた大統領は、穏やかな笑顔と口調で、日本の経済支援に感謝を述べた。その数週間前に暗殺テロ未遂にあったばかりとは思えない落ち着きだった▼アフガニスタンと国境を接する同国は、米が推し進めるテロとの戦いの最前線だ。親米路線を堅持する大統領は、米の信頼も厚い。しかも同国は1998年に核実験に成功し、核弾頭を保有する。混乱が長引けば、テロ対策や核不拡散にも悪影響を及ぼしかねない▼懸念を強める米政権は、高官を派遣して事態収拾に動き始めた。桃源郷フンザに安心して行ける環境の回復を願いながら、同国の今後の動向を注視していきたい。(S)


11月17日(土)

●中学2年の秋本菜月さんは七飯町の少年の主張大会で「赤ちゃんポストは必要か」をテーマに「ポストは命を救うためにはなくてはならないが、育児放棄にもつながる。育てられる環境を整えた上で産み、社会は育てやすい環境を作ること」と訴えた(8日付け本紙)▼慈恵病院(熊本市)に「赤ちゃんポスト」が出来て半年。当初、年間1人前後の預け入れを想定していたというが、開設初日に乳児ではなく3歳児が預けられたのをはじめ、半年で8人の預け入れが判明。「気持ちが変ったら連絡してほしい」という手紙は全員が持ち帰っていた▼無責任な育児放棄ばかりではない。預けられた赤ちゃんの中に重度の障害児がいた。赤ちゃんの障害の程度は「何度も手術が必要」なほどで、関係者は「生まれたばかりなのに障害があって、親は一時的に混乱したのではないか」と言い、メールのやりとりの結果、親が引き取ったという▼やはり環境づくりが大切だ。柔道の谷亮子選手は出産後、練習を再開して、数時間おきの授乳に苦労した。出身地の福岡県から贈られた「子育て金メダル栄誉賞」を手に「柔道と子育ての両立に悩んだ一時期もあったが、周りのサポートで頑張ることができた」と笑顔▼毎月19日は「道民育児の日」。道内の企業(職場)をはじめ、保健、医療、福祉、教育などの団体が子育て中の若い父母を応援しようというもの。秋本さんが強調するように「親の力で育て、赤ちゃんポストのいらない社会にしなければならない」。“小さな命の放棄”だけは何としても防止しなければ。(M)


11月16日(金)

●函館市内を車で通りかかると、道路わきに黄色い落ち葉の山が築かれていた。降り積もった葉を近くに住む人が寄せ集めたのだろう。落ち葉には、イチョウやサクラの葉が混じっていた▼雪模様の天気になったからか、湿った葉は飛ばされることもなく一所にかたまっている。見上げる木の枝には、残り少なくなった黄色い葉がしがみついている。秋は深まり函館では昨日初雪を観測した。夕方5時には日は落ちて夜が始まる▼中央図書館で「晩秋」とキーワードを打ち込むと、山本周五郎の作品に出あった。そのままのタイトル「晩秋」(新潮社)は、戦後すぐの1945年12月に発表された。武家物に分類されるこの作品は、父を死に追い込んだ藩の重役と、その世話役として送られた女性との物語である▼hメ(すき)あれば刺そうと懐剣を忍ばせていた女性は、「責任を果たしたうえで討たれてやるつもりだった」と語る重役に心を開かれる。周五郎は、物語の最後の場面で重役に次のように語らせている▼「花を咲かせた草も、実を結んだ樹々も枯れて、一年の営みを終えた幹や枝は裸になり、ひっそりとながい冬の眠りにはいろうとしている、自然の移り変りのなかでも、晩秋という季節のしずかな美しさはかくべつだな」▼周五郎が思い描いた晩秋は、むろん北海道の秋ではない。だが、「しずかな美しさ」は晩秋が冬に傾斜するいまの季節にぴったりだ。市内は公園も街路も落ち葉に彩られている。1年の営みの終わり、つかの間の季節の色彩。やがて来る冬には、この色彩が失せると思うと、いとおしさも深まる。(S)


11月15日(木)

●顔も凍り付くような厳しい冷え込みの真冬の未明、十勝管内の国道沿いに、パジャマ姿で裸足の2歳の女児が立ち尽くして泣いていた。交際中の男と出掛けた母親を追って外に飛び出したのだ。児童相談所は母親にネグレクト(養育怠慢)の疑いがあるとして女児を保護した▼取材チームを組んで、児童虐待問題を集中的に取り上げたことがある。いくつもの虐待の事例の中で、この女児のケースは特に印象に残っている。職員らが家を訪ねると、部屋の中は足の踏み場もないほどごみが散乱し、風呂は壊れたままで、掃除や洗濯をした様子もなく、異臭に包まれていた▼女児の8歳の姉は職員に「母親はいつも寝ていた」と告げた。子どもに食事を作らない、風呂にも入れない。母親はそのまま男と失跡した▼児童虐待は(1)ネグレクト(2)身体的虐待(3)性的虐待(4)心理的虐待の4種に分けられる。函館児童相談所が本年度上半期に受理した虐待47件のうち、ネグレクトが半数を占めた。道南でもネグレクトが確実に増えてきている▼さらに、虐待の「世代間連鎖」という問題も派生する。虐待を受けた子どもが親になった時、今度は自分の子どもに同様の虐待行為を行うことだ。実は、失跡した母親も子どものころ、親から放置されていた。職員は「育てられる―という体験をしなかったため、子どもの育て方が親から伝わっていない」と分析した▼問題のある家庭への調査権の強化などを柱にした改正児童虐待防止法が来年4月に施行される。親になり切れない“親”たちが生み出す悲劇に、少しでも歯止めが掛かることを期待したい。(H)


11月14日(水)

●「接待する、ごちそうする」を表す「もてなす」には、「もてはやす、ほめそやす」の意味もある。日本語大辞典(講談社)は徒然草から「珍しきを言ひ広めもてなすこそ、またうけられぬ」の用例を紹介している▼東京地検が、防衛専門商社・山田洋行の宮崎元伸元専務を業務上横領などの疑いで逮捕したのは、防衛省の守屋武昌前事務次官との癒着の解明が真のねらいであることは衆目の一致するところだ▼守屋氏は国会の証人喚問で、200回以上もゴルフの接待を受けたことを明らかにしている。ゴルフセットを贈られたり、高級クラブでの接待も受けていた。接待の場で大物次官はもてはやされ、ほめそやされていたのだろう▼「魚心あれば水心」は本来、よい意味に使われていた。しかし最近は、互いに下心をもってかかわりあう場合の用例が増えている。下心を持ったもてなしと、それを受ける人の間には、以心伝心の関係が芽生える▼さて、守屋氏は接待を受けたことは認めたが、便宜供与は否定している。東京地検は宮崎容疑者を突破口に贈収賄容疑も視野に捜査を進めるのだろう。もてなしの背後に何があったのか、捜査の進展を期待しよう▼それにしても、もてなしとは無縁の庶民から見ると高級官僚の接待とは、ずいぶん豪勢なものだな、と驚きあきれる。旧大蔵省の官僚がノーパンしゃぶしゃぶで接待を受けた事件もあった。接待天国はモラルの低下と組織の腐敗につながる。まじめに仕事に取り組んでいる人たちの士気にも影響する。教訓=他人の懐をあてにせず、自分の金で遊べ。(S)


11月13日(火)

●高校生の頃、ベートーベンやモーツァルト、ロッシーニの音楽を聴かされた。クラシック音楽はよく分らなかったものの、「セビリアの理髪師が発表された時、ウィーンは“ロッシーニ・タウメル(心酔)”を起こすほどの人気だった」という一文を覚えている▼フィガロは床屋さん。ヨーロッパの床屋は古代ギリシアまでさかのぼる。風呂好きなローマ帝国では公衆浴場には床屋があり、立派な髭(ひげ)のソクラテスらが政治談義に花を咲かせていた。当時の床屋は修道士の仕事で、やけどなど軽度の外科的処置も行っていたという▼原作を書いたのは王室に出入りしていたフランスの劇作家・ボーマルシェ。どこかエキゾチックなセビリア(一説ではヘラクレスが建設した街)が舞台。好いた惚(ほ)れたの他愛のないストーリーと目まぐるしく入れ替わるドタバタ劇だが、底流には「価値観の異なる世代間の対立」がある▼「床屋外科医」フィガロと「大学出の外科医」バルトロのバトルなど、いわゆる“階級闘争”の走りだが、悪役にも暖かい体温を与えてやるロッシーニ・マジックで一種の風刺劇に。ヒルズ族、セレブ、ニート、ホームレス…どこかaオ藤する日本の「格差社会」に似ている▼母親は美貌と美声の歌手。15歳の時から歌劇の作曲に取り組み、24歳で「セビリアの理髪師」を発表、イタリア歌劇の巨匠となったが、「ウイリアム・テル」を最後に作曲の筆を折り、ロッシーニ・タウメルを残して、139年前に76歳で没した。13日の命日に今一度、名曲を聴いてみよう。(M)


11月11日(日)

●この夏は函館でも残暑が厳しく、豊かな実りの秋を迎えると思っていたが、水稲(コメ)は違うようだ。農水省が発表した10月15日現在の作況指数は渡島が71、檜山は68。7月中旬から下旬の低温の影響という▼作況指数は平年作を100とした場合に見込まれる数値。10e当たりの平年収量に指数を当てはめると、今年は渡島が344`、檜山は339`にしかならない。1俵は60`だから、田んぼ1枚から6俵も取れない▼非常にデリケートな問題になるが、農水省と生産農家には、収量に対する意識に開きがある。農水省の収量の基準は玄米の厚みが1・7_以上の「販売に供するコメ」。一方で農家や新函館農協の基準は「高品質の売れるコメ」で、粒厚を2_以上に設定している▼農水省は、ふるい目を1・7_と2_にした場合の差を公表した。北海道全体の作況指数は98で、予想収量は520`(1・7_以上)だが、2_選別とすれば417`にしかならない。つまり、農家の感覚では2割近く収穫が少ないことになる▼ただ、2_未満のコメも、さまざまな流通ルートがあり、全く無駄になるわけではない。以前と違いコメの価格は市場原理で決まるため、人気があれば高く、そうでなければ安く買いたたかれる。そのため生産農家は、良質米生産に血のにじむような努力をしている▼米価の下落は農家の生産意欲や団結力を低下させ、品質が落ちていく悪循環につながりかねない。「1俵の仮渡し金は1万円程度で、完全なコスト割れ。米価の上昇や何らかの所得補償があってほしい」―。北斗市の専業農家の切実な声だ。(P)


11月10日(土)

●米映画「スティング」は詐欺師がギャングの親玉を引っ掛けて大金をだまし取る物語だった。ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォードの2大スターが共演し、アカデミー作品賞を受賞した。ラグタイムの軽快な音楽とともに映画の場面を思い浮かべられる方もあるだろう▼封切られたのは1973年だった。物語の舞台は、第2次大戦前の禁酒法時代のシカゴ。賭博場に送る競馬中継を実際より数分遅らせる手法を使い、結果が分かったレースに大金を賭けさせる。ギャングの親分は勝てると信じて窓口に大金を積み上げる▼ところがとんだどんでん返しが仕組まれていた。詐欺師の計略は周到で巧妙。しかも舞台装置や登場人物の役割も計算され尽くしていた。詐欺はだますか、だまされるか頭脳ゲームの要素があるのだな、と映画のおもしろさに引き込まれた。▼「世に泥棒の種は尽きまじ」というけれど、詐欺行為も手を変え品を変え無くなることはない。「身に着けると血液がさらさらになる」とのふれこみで、金属製のブレスレットを高額で販売していた健康器具販売会社の社長らが逮捕された▼被害者の多くは高齢者だという。血がさらさらになる効果がすぐにでも現れるように偽り、仕入値の数十倍の高値で売りつけていた。健康不安につけ込んだ手口だ▼問題になった住宅リフォームにせよ振り込め詐欺にせよ、被害に遭うのは年金暮らしなどの高齢者が多いのは、だまし易いからだろう。同じ詐欺師でもギャングの親分をだましたスティングの人物たちのスマートさと気宇は、そこにはない。(S)


11月9日(金)

●国連平和維持活動(PKO)として陸上自衛隊施設大隊がカンボジアに派遣されたのは1992年秋だ。陸上自衛隊の部隊が海外展開されたのは初めてだった。カメラを抱えてカンボジアに飛び、首都プノンペン南部にある活動現場のタケオ州などで、隊員の姿を取材した▼国連カンボジア暫定機構(UNTAC)の指揮で、陸自部隊は橋の修理や道路の舗装作業などに当たった。拠点のタケオ基地には国連旗とともに、日の丸が掲げられていた。降雨ですぐに洪水が起き、道路などが壊滅的な打撃を受けるという土地。住民は重機を使った隊員たちの作業をじっと見つめていた▼カンボジアはポル・ポト率いるクメール・ルージュの大量虐殺行為などで国内の混乱が続き、やっと93年に国連の監視下、民主的な総選挙を控えた時期だった▼まだ、道路脇には対人地雷の埋設を知らせる看板が並び、クメール・ルージュの不穏な動きも続いていた。アンコールワット近くのホテルで、自衛隊とは別に派遣されていた文民警察官を取材した何日か後、そのホテルが爆破されるという経験もした▼このカンボジア派遣以降、自衛隊の海外展開はモザンビーク、東ティモールなどのPKOはもちろん、後方支援や復興支援活動といった形で広がっていく。06年12月に成立した改正自衛隊法で、本来任務とは別の付随的任務だった海外派遣は通常任務に変わった▼あれから15年…。海自のインド洋後方支援の根拠となるテロ特措法をめぐる国会内の動きを見ながら、あのタケオの道路が今どうなっているか、ふと考えた。(H)


11月8日(木)

●8日は立冬。二十四節気の一つ。暦の上ではこの日から冬。日増しに日ざしが弱くなって、最低気温が氷点下を記録するようになるが、最後の黄葉が見たくて北大構内のイチョウ並木を散策した。扇形の黄葉がザクッ、ザクッ…ちょっとした立冬絵巻▼イチョウ(銀杏、公孫樹)は、なんと恐竜時代から存在し、世界中に森林を形成していたが、氷河期に入って大半が消滅、中国の1種だけが残った。生命力が強く、まさに「生きた化石」。かつて留学僧が中国から持ち帰って日本に広まった。実は食用になり、葉は血行促進、ボケ予防に効く▼気温が低くなると葉の緑素が壊れて、その下に隠れていた黄素に変わって、晩秋の心を癒やしてくれる。「変わる」といえば民主党の小沢一郎代表。座右の言葉は「変わらずに残るためには変らなければならない」。福田康夫首相との党首会談で「大連立構想」を煮詰めた▼党員から受け入れられなかったためか、会見まで開いて「民主党は力不足。総選挙では勝てない」などと、代表の職を投げ出した。が、幹部の懇願で「恥をさらすようだが…」と“天の岩戸”から再び出てきた。なんと心変わりなお山の大将。親に怒られて、押し入れから出てきたわがままな子供に似ている▼「男ごころと秋の空」か。イチョウが「公孫樹」といわれる所以は、祖父が孫の代に実るように種をまくことから。子や孫が安全な暮らしができるように、よい国づくりをするのが政治家の仕事。心を入れ替えたのなら「徳は孤ならず。必ず鄰(となり)あり」(論語)の精神で全力で継投すべきだ。(M)


11月7日(水)

●鎌倉時代に親鸞が唱えた念仏の教えは、室町時代に第8世c」如の手で一気に広がり、現在で言う真宗教団に成長した。織田信長と戦った本願寺は1602年、東西に分派。西は豊臣秀吉、東は徳川家康が後ろ盾になったため、幕府方の東本願寺は明治政府と冷えた関係になる▼そこで東本願寺は政府の北海道開拓に協力したとされる。第22世現如が本願寺道路の開削などを指揮した。現在の国道5号の一部や、札幌から伊達まで切り開くとともに、道内布教も積極的に進めた▼その現如の子息が、東本願寺函館別院の前住職、大谷瑩潤(えいじゅん)さん。戦時中に宗門行政のトップとなる宗務総長を務め、戦後は国会議員となった。強制連行で犠牲となった中国人の遺骨返還に尽力し、当時、国交のなかった中国で、周恩来首相に国賓待遇で迎えられたとの逸話もある▼現住職の大谷演彗(えんねい)さんは、その子息である。90歳を超え、絶対的な権威を持った大谷家が、宗門の象徴的な存在となっていく時代を見つめてきた。東本願寺が内紛状態にあった一時期、門首代行を務め、祖父や父と同様に宗門を支えた▼北海道開拓や戦時中の宗門行政には、アイヌ民族を犠牲にしたことや戦争に加担した責任などを問う声もある。それらの反省が遺骨返還であったり、末寺寺院から議員が選出される宗議会による新しい信仰運動や、大谷家の象徴化であろう▼東本願寺函館別院の歴代住職は激動の時代の中で、さまざまな試練があった。現如―宗務総長―門首代行。これだけの人物が北海道、そして函館とかかわりを持ってきた事実は重い。(P)


11月6日(火)

●弘前市出身のノンフィクション作家鎌田慧さんが「涙の青函連絡船」と題して、戦後まもなくのころ、母と姉と乗った青函連絡線の思い出を書いている(「鎌田慧の記録5」岩波書店)▼小学生の鎌田さんは弘前から青森に行き、連絡船の乗客となった。函館に着くと白衣に白マスクの男が近づいてきた。「後襟を力まかせにひきあげると、ひとかかえもある注射器の形をしたアルミ製の筒を背中に差し込んだ」▼ノミやシラミを防除するためのDDTの噴霧だ。終わると手のひらに消毒済みの青いスタンプを押された。それが鎌田さんにとって初めて乗った連絡船の記憶だ。タイトルは、DDTをかけられた姉が泣き出したことから付けた▼青函連絡船は1908年の就航から来年で100年を迎える。青函トンネルの開通と、海峡線の運行で役目を終えてから20年。青函連絡船は80年にわたり北海道と本州を結ぶ海の大動脈の役割を果たした。乗客1人ひとりにそれぞれの思い出が刻まれているに違いない▼その青函連絡船の一隻、大雪丸の復元模型が函館駅2階の「いるか文庫」に登場した。実物の約100分の1、全長132aの船体だ。北斗市の高校生2人が、半年間かけて傷んでいた船体を元通りに修復した。座席や室内灯など細部にまでこだわった力作だ▼見に行ったとき、中年の先客がいた。汽笛と書かれたボタンを押すと、低い音が響いた。「いいね、本物を思い出す」。かなたの記憶が蘇ったようだった。涙、別れ、笑顔、旅立ち。海峡を往復する連絡船は、さまざまな思いを乗せていた。(S)


11月5日(月)

●クジラの竜田あげ、脱脂粉乳、コッペパンと固形マーガリン、キャベツの千切り‥。作家志望の貧乏青年と暮らしている少年の淳之介は給食の時間になると「朝も晩も腹いっぱい食べているから」と手をつけず。おいしそうに食べている級友を見ながら読書▼実は青年から渡された給食費を値上がりした米の3カ月分の代金に充てていたのだ。ひもじい思いをして、給食を我慢して‥。給食費を払っていない児童たちも給食を食べている今は、どうなのか。給食費が払えるのに払っていない父母たちは淳之介のけなげな態度を見習ってほしい▼「うざい」「キモイ」と自殺者まで出している昨今のいじめ。いじめを受けた子供が大人になると脱線することが多い。秋田県の連続児童殺人事件の畠山鈴香被告は幼少期に父親から暴力を受け、学校では「心霊写真」「バイ菌」と、いじめられ、この“心の傷”が事件に影響していたという▼三丁目の時代は悪質ないじめはなかった。大けんかになると、ガキ大将が止めにはいり、こわい近所のおじさんに怒鳴られた。また、淳之介が母親を探しに行く時、片道の電車賃しかなかったが、一緒に行った少年の母親がヒジ当てに縫い付けたお守り(お金)で帰宅することができた▼「困った時は、つくろったセーターのお守りを使いなさい」「昼寝しないと遊びに行かせないからね」。口減らしなどと言われた集団就職で上野駅に降りた子供も“心の三丁目”にとけこんだ。映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」を見て、「暖かい家庭」「楽しい学校」を取り戻したい。(M)


11月4日(日)

●枯葉を踏んで五稜郭公園を歩いた。中央図書館前を出て、堀に沿って表門を目指す。みずみずしさを失った芝生にサクラの葉が積もり、歩を進めるとかさこそ音を立てる。枝に残る葉っぱは、乾いて反っているのが多い▼犬を散歩させている人、さっさか早足で歩いている人、ジョギングをしている人たちに出会う。思い思いに週末の暮れ時の時間を過ごしている。門を入ると、いきなり中国語が聞こえてきた。7、8人の団体ツアーらしい▼中にある市立函館博物館五稜郭分館では、最後の特別展を開催している。開館から52年間刻んだ分館の歴史は、30日に終幕を迎える。そのすぐ近くでは、建築中の箱館奉行所が外観を現してきた。晩秋の五稜郭で歴史の復元作業が急ピッチで続く▼分館前を抜けて、堀を見下ろす土手への道をたどりながら、オー・ヘンリーの名作「最後のひと葉」を思い浮かべた。窓から見える葉がすべて落ちたら私の命も尽きると、病床で思いつめた女性を救うため、貧しい老画家が隣りの壁面に一枚の葉を描く。その結果、雨に濡れた老画家は肺炎を起こして死ぬ▼短編の名手オー・ヘンリーの最もよく知られた作品だ。この作品は、1905年、ニューヨーク・マンハッタンのグリニッジ・ビレッジで書かれたという。いまも芸術家たちに愛されている地区だ。アル中だったオー・ヘンリーはそれから5年後に死んだ▼土手の上に立つと、空にくすんだ夕焼けが広がっていた。車もヘッドライトをともして走っている。暮れるのが早い晩秋。少し風が出て寒くなった。もう帰り時だ。(S)


11月3日(土)

●女性用の補正下着は、体型を美しく見せるために開発された。ものによっては数千円から数万円もするそうだから、たかが下着とあなどってはいけない。美しくありたいとの願いをかなえるためには、財布のひもが緩みがちにもなろう▼女性用の向こうを張ってか男性用には、メタボリック症候群対策の下着が登場した。大手メーカーが発売したメタボ下着は、はいて歩くだけで体が引き締まるとの触れ込みだ。3枚セットと歩き方のレッスン用DVD付きで、1万数千円とか▼数百円の下着しか身に着けたことがないお父さん方にとっては、ちょっとしり込みする値段だ。それでも突き出た腹やたるみがちの下腹が引き締まる効果が期待できるなら、小遣いを節約して買ってみてもいいかもしれない▼メタボは内臓に脂肪が蓄積した肥満体型で、高血糖、高血圧などの要因とされている。糖尿病など生活習慣病にもつながる危険サインだ。健康保険法の改正に伴い、来年4月から企業の健保組合は、メタボに該当する40歳以上社員への保健指導が義務付けられた▼会社の総務部や健康管理の担当課から、「特定健康診査と特定保健指導について」と題した紙が回ってきたのをご覧になった方も多かろう。これがメタボの予防と改善を求めるお知らせだ▼下着メーカーは、メタボ社員に対する保健指導の義務付けを先取りして発売に踏み切った。商魂が透けて見えるといえばそれまでだが、内臓脂肪の燃焼と肥満解消が実現するなら確かに健康保持に役立つ。さて、買ってみようかもったいないか、迷うなあ。(S)


11月2日(金)

●日本では江戸幕府が開かれたころだから、徳川家康はもちろん健在だった。英国ではシュークスピアが傑作を書き、中国では明王朝の末期にあたる。そんな昔から生き続けてきた二枚貝が採集されたという報道には、びっくりした▼年齢(貝齢?)は405ー410歳、これまで知られている動物で最長寿だろうという。ほんとかしらと、首をひねりたくなるが、英国の大学研究者が貝殻に刻まれた年輪層を顕微鏡で調べて発見したと朝日新聞が伝えている▼貝は大きさが8・6a、大西洋のアイスランド沖から採集された。当初は生きていたが、年齢を調べるときに肉をはがし、死んでしまったそうだ。なんとも残念なことだ。引き揚げられなければ、まだ長寿を保ったかもしれない▼海の幸に恵まれた函館では、貝類も新鮮でおいしい。ホッキやツブ、ホタテ、アワビ、カキなどどれも豊かな味わいだ。生でよし、軽く火を通してもうまい。思い浮かべるだけで、口中によだれが溜まる▼だが、人間より長寿の偉大な貝が見つかったとあっては、今後貝類を食べるときは、それなりの敬意を払わねばならない。口に放り込む前に瞑目して感謝の気持ちを唱えてからいただく。食べ物への感謝の念は、貝類に限らず必要なことだろう▼研究者は「静かで安全な暮らしだったから長生きできた」とコメントしたそうだ。これを読んで、戦犯として処刑される理髪店主を描いたドラマ「私は貝になりたい」を思い出した。平和に生きられるなら貝に生まれ変わってもいいか、それとも死ぬほど退屈か。あらぬ想像を巡らせた。(S)


11月1日(木)

●亡くなった作家の吉行淳之介さんが「万年筆と時計と女房は見ただけではわからない」(「やややのはなし」文藝春秋)と書いている。時計はクオーツが出て、狂いがなくなったが、万年筆と女房に対する考えはずっと変わらなかったようだ▼女性にもて、作品でも女性の心を流れるような文章で描いた吉行さんならではの見方かもしれない。女房についてはさておいて、万年筆の書き味は「漢字や片カナや平カナやローマ字のすべての種類を書いて調べないと手ぬかりが起きる」とも述べている▼そうして購入しても「いざ、原稿用紙に向かうと、まったく駄目なケースも起こる」と嘆いている。作家の商売道具だから、どんな万年筆を選ぶかは、作品の出来不出来にまでも影響するのかもしれない▼万年筆は、手軽で安い多種類の筆記具に押され、肩身の狭い位置に追いやられていた。さらに輪を掛けたのがケータイ、パソコンの普及だ。万年筆を使って文章をつづることは、あまり無くなったと言っても過言ではあるまい▼ところが、このところ万年筆が復権してきたらしい。購入する客層が40歳以上のシニア層から20代の女性にまで広がってきたと、産経新聞が東京での動きを伝えている。ブームは女性が作ることをここでも立証しているようだ▼万年筆には、筆記用具の実用性ばかりでなく、姿かたちの美しさも備わっている。手にしっとりなじみ、書き心地も優れた万年筆を使って書くと、普段粗雑な文字も整って見えるから不思議だ。大切な人や家族への手紙ぐらいは、万年筆のお世話になりたい。(S)


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