平成20年10月


10月31日(金)

●アフガニスタン西部の村。米軍の誤爆で破壊された自宅跡にたたずむ12歳の少年。家族14人が死亡、壁のすき間で助かった少年の両手には拾い集めた黒く乾いた家族の遺体の一部が握られていた。毎日新聞に載った1枚の写真に衝撃を受けた▼武装勢力タリバンによる外国軍や政府組織を狙った自爆テロが続発している。実行犯の6割以上が身体障害者で、タリバンは「米軍の空爆による犠牲者の遺族が(志願して)自爆している」という。イラクでは知的障害の女性に巻かれた爆弾が遠隔操作で爆破▼先日、小6の孫の学芸会で反戦劇「お母さんの木」を見てきた。先の大戦で7人の息子を戦場に送り出す母親。出征するたびに庭に木を一本ずつ植えた。「お国のために陛下のために立派に戦ってきます」―。一郎、二郎、三郎…七郎までかり出された▼「必ず生きて帰ってくるのだよ」との願いも虚しく、息子たちは戦死したり、行方不明になったり。舞い散る木の葉に「これは一郎の葉、これは二郎の葉」と涙ぐみ倒れる。傷ついた最後の息子が抱きついて「お母さん」と絶叫したが…▼出征、特攻隊、玉音放送。戦争の本を読んで台本を書いたといい、6年生が総出演。「戦争は絶対起こさない」「平和な地球を」の熱演に父母、祖父母たちは感動。戦争はいつも子どもや弱者を犠牲にする。アフガンの少年も自爆に走らず「戦争反対」を叫び、強く生きてほしい。(M)


10月30日(木)

●運転免許を取得するのに必要な路上教習は、仮免許の交付を受けてから実施する。自動車教習所に通われた方なら、仮免の有効期限を知っておられよう。法令では発行から6カ月と定められている▼運転免許試験場に問い合わせると、仮免の期限が切れてしまったら再度取り直さなければならないそうだ。まあ、通常は6カ月以内に路上試験と学科試験を通り、めでたく免許証を手にすることになる▼麻生太郎首相は仮免期間を先延ばしする腹を固めたらしい。「政局より経済対策」を錦の御旗に掲げ、11月30日と見られていた総選挙の延期が確実になった。選挙による政治空白を避け、景気対策を優先するという理屈はそれなりに説得力を持つ▼だが、もうひとつの有力な理由は、早期に選挙をやっても与党の勝利が見込めないことにあるようだ。報道各社の世論調査や自民党独自の世論調査で、与党過半数割れの数字が出たことが衝撃を与えた▼負け戦に打って出るよりも政策を実行する。それが功を奏して支持率がアップしないとも限らない。そのときこそ解散・総選挙を断行して与党を勝利に導き政権を維持する…。そんな皮算用だろう▼総選挙の洗礼を受けずに就いた首相の座は、仮免の不安定さをぬぐえない。首相は仮免返上の戦いをいつ仕掛けるのか。長引かせても仮免が自動的に本免許に昇格しないのは自明だ。ぐずぐずしていると期限切れになる。(S)


10月29日(水)

●登校する子どもたちのはく息が、朝の弱い光に白く溶け込む。子どもたちの多くは、ジャンパーかコートと手袋を着けている。その横を高校生が急ぎ足に通り過ぎる。こちらは、まだコートなしだ▼暖かな秋と思っていたら、ここ数日来、函館・道南にも晩秋の寒気が入り込んできた。天気が不安定になり、冷たい風を伴って雨がぽつぽつ落ちてくる。時雨模様の変わり易い天候は、初冬に向かう季節の到来を告げている▼朝夕は暖房がほしくなった。日中は止めていても、起きがけと日が沈んでから暖房のスイッチを入れる。ボッと点火すると、心まで温かくなるから不思議だ。強張(こわば)っていた体が心地よくほどけていく▼1バレル(約160リットル)が140ドル台まで高騰した原油価格は、70ドルを割り込んだ。つられて灯油価格も下がった。長い冬をひかえ、灯油が安くなるのは、うれしいことだ。ガソリンも一時期より40円程度下がり、1リットル140円台になった▼山の雪は駒ケ岳に続き、横津岳でも山頂付近がうっすらと冠雪した。晴れ間には、ふもとの紅葉と高嶺の雪化粧があざやかに染め分けられ、見るものを楽しませる。白雪に覆われるまでの短い色彩の競演だ▼午後遅い時間、下校する子どもたちに行き会った。白い息の朝とは異なり、温みを残す日差しを受けて家路に向かっている。北国の短い秋が更けていく。平地にもまもなく雪便りが届く。(S)


10月28日(火)

●江戸川柳に〈うたた寝の顔へ一冊屋根を葺(ふ)き〉という一句がある。本を読んでいるうちに心地よい眠気がきざしてきた。時々はっと覚めて本に目を戻すが、とうとう本を顔に乗せたまま寝てしまった▼季節は夏だろうか。風が吹き渡る座敷に寝転び、読み本を開いていてついまぶたが落ちてしまう。行儀は悪い。だが、寝ながら読みの太平楽を知っている本好きなら、ニヤッとされるだろう▼本を読むのに時や所はあまり関係がない。ごろ寝読みが好きな人もいれば、机に向わないと読む気分が起きない人もいるだろう。周囲が騒がしくても気にせずに没頭できる人がいる一方、深夜の静寂が欠かせない読書人もいる▼いい本に出会うことは、いい人に出会うことと同じと言う。本との出会いを増やそうと20年前に始まった「朝の10分間読書」は、小・中・高の実践校が1万を超すまでに広がった。子どものころに身についた習慣は終生忘れない▼だが、近ごろは小説を本ではなくケータイで読むことが流行になっているらしい。毎日新聞社が全国学校図書館協議会の協力で行った調査では、中学女子の75%、高校女子の86%がケータイ小説を読んだことがあるそうだ▼86歳の瀬戸内寂聴さんがケータイ小説を書く時代だ。ケータイで読むのも悪くないが、それでは屋根を葺けない。今週は読書週間。眠くなったらアイマスク代わりに出来るよう書物を手に取りたい。(S)


10月27日(月)

●子どもの頃、親から「食事はゆっくり、よく噛んで食べよ。早食い、のどに押し込むな」と叱られたものだ。千葉県で学校給食でパンを一気食いした小6男児がのどに詰まらせて窒息死した。何度も「苦しい」と訴えて▼給食パンは3つの球を組み合わせた形の直径約10センチのもの。男児は一口ちぎって食べて、残りを2つに割って2つとも一気にほおばり、洗面所で吐き出させたが、苦しみはおさまらず、救急車で搬送した時は心肺停止状態だったという。パンは気管に詰まっていた▼また、こんにゃくゼリーによる窒息事故も相次いでおり、13年前からこれまでに確認された死者は全国で22人。一口サイズのツルンとした食感が好評で、子どもたちに大人気。先日も兵庫県で1歳9カ月の男児がおやつに食べて窒息死している▼最近は子どもばかりではない。4月と5月に75歳と87歳の高齢の女性が死亡している。メーカーはゼリーの形を小さくしたり、警告マークを表示しているが、なぜ悲しい事故が繰り返されるのか。欧州連合や韓国などはゼリーにこんにゃくの使用を禁止している▼餅、ご飯、パン、ゼリー…。窒息死する事故を防ぐには「よく噛んで食べる」という常識的な食べ方が大事だ。ふざけて、一気食いなんてとんでもない。釧路の学校給食のエゾシカ丼から弾丸片まで出てきた。学校、家庭ぐるみで食事の躾(しつけ)を教え込むしかないのか。(M)


10月26日(日)

●カーラジオで株式市況を聞いていると、ほとんどの銘柄について「…円安」とアナウンサーが読み上げている。週末の東京市場は、日経平均が8000円を割り込むまでに急落した▼今年に入り1万2000円以上を保っていた株価は、金融危機が世界同時不況につながるとの懸念から続落している。輸出関連を中心に業績見通しの下方修正が続出しているのを見ると週明けに反騰するかどうか不透明だ▼市場の値動きを追いながら米紙(電子版)をチェックしていてマエストロ(名指揮者)の証言が目に留まった。グリーンスパン米連邦準備制度理事会(FRB)前議長が、下院公聴会の追及に対し政策の過ちを認めたというのだ▼前議長は1987年に起きた株価暴落のブラックマンデーを巧みな金融政策で乗り切り市場の信任を得た。歴代大統領からも手腕を認められ、18年にわたり議長を務めた金融の神様である。「神」が間違えたというのは事件だ▼前議長は、危機の発端となった低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)を規制しなかったのは失敗だったと証言した。自己利益を追い求める金融機関の暴走を止められなかったことへの反省だ▼世界の金融市場に対する影響力は、日銀総裁よりもFRB議長の方がもちろん大きい。金融危機は、製造業など実体経済を担う業種にも影響を与えている。過ちのツケが、世界経済に暗雲を広げる。(S)


10月25日(土)

●戦前の米映画「歴史は夜作られる」は、嫉妬深い大金持ちの夫から逃れようとする妻にパリのレストラン給仕長がからむ恋愛物語だ。内容も映画の出来も傑作とは言えないが、タイトル名は忘れがたい▼日本語の題名も英語をそのまま翻訳して付けた。なにしろ昔の映画であり、話題作でもないからか、貸しビデオ屋で探しても見つからなかった。テレビ上映の機会もないだろうが、タイトル名だけは一人歩きしている▼わが麻生太郎首相の夜は、もちろん一人歩きではない。側近や警護官を引き連れてのホテルや高級料理店へのお出ましである。その場に閣僚や自民党幹部が同席することもあるだろう。話の中身によっては、政治を動かす夜の会合だ▼首相は就任1カ月を迎えた。この間、連夜のようにホテルや高級料理店で豪遊している、と新聞各紙が伝えた。名門の育ちであり、財閥企業の元社長の首相には、ホテルのバーや高級料理店も安いと映るのだろう▼自分の金で払っているそうだから、とやかく言うのはヘンかもしれない。だが、あすの仕事を心配する日雇い派遣や一円でも安い買い物をと思案する主婦、年金暮らしのお年寄りには理解しがたい散財だ▼さて、目下の焦点は首相がいつ解散・総選挙に踏み切るかだ。豪遊を重ねながら、与党にとって最適な解散時期や政策を見極めているとすると、麻生政治の歴史は夜作られていることになるのだが…。(S)


10月24日(金)

●「心からおわび申し上げます」―食品汚染も後を絶たないが、今度は地方自治体の未消化予算の不正経理が発覚、幹部が相次いで謝罪会見。会計検査院が指摘した補助金の不正経理額は12道府県で5年間で5億5000万円に及んでいる▼「不正経理はない」と言い張るが、補助事業以外のアルバイト賃金や職員の出張旅費などのほか、年度末に余った補助金でコピー用紙など事務用品を購入したことにして代金を業者に預けて、補助金で認められていないパソコンを買ったり…▼旅費、賃金、需要費の3項目を調査した北海道の不正経理は約6030万円。大半は旅費に充てられた。最も悪質といわれても仕方ないのは愛知県で、約1億3000万円のうち約300万円が使途不明となっており、職員が横領した疑いも出ている▼国からの補助金は国民が支払う血税。公務員の公金意識の欠如にはあきれるばかり。「不正経理ではなく、会計処理上のミス」と言い訳しているが、「余った補助金は返すより使った方がいい」という役所の“悪しき常識”と“ひとまず謝るか”の下心が見え見え▼地方自治体の官官接待などを中心にした裏金問題は、かつて全国各地で噴出し、厳しい批判を浴びたのに…。「禍(あやま)てば改(あらた)むるに憚(はばか)ること勿(な)かれ」。孔子の名言を肝に銘じて「私的流用はなかった」と胸を張れるような仕事ぶりを見せてほしい。(M)


10月23日(木)

●文学から絵画、音楽まで近代批評の確立に大きな功績を残し、文化勲章に輝いた小林秀雄は、詩人中原中也と親交があったことでも知られる。その小林に「死んだ中原中也」と題した詩がある▼〈ああ、死んだ中原 僕にどんなお別れの言葉が言えようか 君に取返しのつかぬ事をして了(しま)ったあの日から 僕は君を慰める一切の言葉をうっちゃった〉。「取返しのつかぬ事」は中也の恋人を奪ったことを指す▼だが、中也は詩集「山羊の歌」以後の詩を清書して「在りし日の歌」の題を付し、小林に託した。それほど小林を頼っていたのだろう。中也は東京から故郷・山口に戻り、50歳ぐらいに再上京するつもりだったと小林は記す▼しかし、願いはかなわなかった。帰郷予定の1937年10月、中也は結核性脳膜炎で急死する。71年前の昨22日のことだ。〈孤独病を患って死ぬのには、どのくらいの抒(じょ)情の深さが必要であったか〉(小林「中原中也」・新潮社)▼30歳で逝った詩人は、研究者にとっても関心の高いテーマなのだろう。函館市中央図書館の詩のコーナーで、中也関係の本が10冊近く見つかった。ほかに、小林や作家大岡昇平の全集にも中也に関する論考が含まれている▼中也の詩は、教科書に採用され若い世代にもなじみが深い。感性豊かな言葉の響きは、忘れられない余韻を残す。中也忌の秋の夜長、詩の数編を声に出して味わった。(S)


10月22日(水)

●国の発表する統計数字が、日本社会の変ぼうを伝えている例はよくある。無味乾燥な数字が示す意味を正確に読み取るのは、専門家にまかせるとしても、私たちメディアに働く者にとって注目したい数字がある▼総務省が公表した労働力調査で、商店街の衰退を示唆する統計に出あった。個人商店を営む自営業主が年々減少し、今年は500万人を下回りそうな情勢だ。全国の傾向はもちろん道内にも当てはまる▼同省統計局がまとめた自営業主数は2000年に585万人だった。それが毎年数lずつ減り、昨年は503万人に落ち込んだ。約4万世帯を対象に毎月実施している調査の今年8月分では480万人に下がり、年平均500万人割れは確実という▼家族従業者も減っている。2000年の224万人が昨年は150万人だ。道内も同様で25万人いた自営業主が昨年は23万人、家族従業者は同じ期間に15万人から11万人に減った。その傾向は今年も変わらない▼函館市内を歩いても、かつてにぎわった商店街に空き店舗が目に付く。高齢の経営者に跡継ぎがいなかったり、大型店に客足を奪われたりして、立ち行かなくなった個人商店が大半だ▼隣近所の買い物客や地域に支えられてきた小さな商店が消えていく。そして街がさびれる。時代の流れとあきらめたら地方都市の再生はないだろう。統計数字を見ながらそんなことを考える。(S)


10月21日(火)

●山装う紅葉の晩秋。「世界の株、上がり下がりの大騒動」「冷凍インゲンに混入の有害物質に胸がむかつく」「ロス疑惑、思いもよらぬ結末」―。大統領選挙が行われる年の米国の10月は「オクトバー・サプライズ」と呼ばれている▼予期せぬ出来事が起きると言われているように、3つのサプライズが発生。毎日100万円ずつ貯金して20万年もかかるという74兆円。サブプライムに端を発した米国の金融危機に投じられる公的資金。それでも傷口は広がって世界同時株安の苦境に▼江戸時代、中国の明の高僧が渡来する際の船に経典と一緒に豆を積んでいた。ビタミンが豊富な穀物で高僧の名をとって「隠元豆」と名付けられた。354年後に、中国から大量に輸入されたサヤインゲンから原液に近い高濃度の殺虫剤が検出された▼中国の生産工程で混入したのか、日本の流通過程で混入したのか。隠元高僧は「栄養価の高いインゲンなのに健康を害するとは」と嘆いている。日本で27年前に無罪が確定したロス銃撃事件。ロサンゼルス市警に逮捕された元社長がなんと首つり自殺▼妻殺害容疑のサスペンスドラマは日米司法の狭間で葬られた。来年の裁判員制度で国民から選ばれる裁判員は“判決の判断”に迷うのではないか。23日は露が冷気によって霜となって降り始める「霜降」。冬仕度を急ぐころだが、健康を直撃する「驚きの10月」は、もうたくさんだ。(M)


10月20日(月)

●しがらみの薄いリーダーに町の再建を託したいというのが、町民の選択だった。3氏が立った森町長選で佐藤克男氏が当選したのは「町を変えたい」という訴えが、町民の気持ちに届いた結果だ▼佐藤氏は町出身とはいえ、長い間町を離れていた。元町議の松田兼宗氏、元副町長の阿部真次氏に比べ、町とのつながりは希薄と言っていい。しかも立候補表明は最後だった。知名度不足と出遅れのハンデを背負っての選挙戦だった▼そんな佐藤氏が接戦を制したのは、知られていない新鮮さがプラスに作用したのだろう。戦った2氏のうち松田氏は反前町長派、阿部氏は前町長に引き上げられて副町長に就いた。だが、佐藤氏はそうした色分けの埒(らち)外にいた▼町は、前町長が談合事件で逮捕、起訴されて大揺れに揺れた。10期37年間、町政を担った前町長である。その威光から脱し、新たな町づくりに船出するには、色が付いていないリーダーが適任だとの判断が町民を動かしたのだろう▼民間出身の佐藤氏は、行政経験も政治経験も皆無に等しい。会社経営の実績があるといっても町政の手腕は未知数だ。談合で揺らいだ町政への信頼回復、ひっ迫する財政の立て直しなど課題は山積している▼佐藤氏は、町を売り込むセールスマンになると当選後の記者会見で強調した。民間人らしい発想だろう。新たなリーダーのもとで新生・森町がスタートすることになる。(S)


10月19日(日)

●書道は、小学生の習いものとしては人気薄かもしれない。学習塾全盛の時代にあって、ピアノや水泳を習う子どもに比べても書道塾通いは少数派だろう。書道塾そのものが、時代に取り残された感がある▼東京都内のデパート会場で現代書家の作品展を見たことがある。書といえば、宿題の書初めしか経験がなかったからか、一種のカルチャーショックを受ける作品群だった。墨の色合い、文字の形でこんなにも豊かな表現が可能なのかと驚いた▼金子鴎亭は、書をたしなむ人なら憧れの書家の一人だ。漢詩や漢文など従来の書の題材を離れ、新たに日本の口語詩文を漢字かな混じりの書にする運動を提唱した。鴎亭自身も北原白秋の詩などを好んで書いた▼その鴎亭と門人の書碑を並べた石碑公園「北鴎碑林」が、松前町に完成した。松前は鴎亭の出身地である。函館師範学校(現・道教育大函館校)を卒業した●亭は26歳で上京、1990年には文化勲章の栄誉を受ける書家になった▼石碑公園には、鴎亭の初期から晩年までの作品13基と鴎亭が創設した書道団体「創玄書道会」の会員の作品71基が散策路に沿って並ぶ。石碑はすべて中国の石工職人が2年間かけて手彫りで制作したという▼町では石碑公園を新たな観光名所にしたい思惑もあるらしい。松前はサクラが名高い観光地だ。春爛漫(らんまん)のころ、見事な書に出合いに出かけようかと心が躍る。(S)


10月18日(土)

●今年のノーベル経済学賞受賞に決まったポール・クルーグマン米プリンストン大学教授に刺激的な著書がある。「嘘つき大統領のデタラメ経済」(早川書房)。タイトルは内容に即して日本で付けられた▼この名が示すように中身は、ブッシュ大統領の政策への批判だ。教授がニューヨーク・タイムズ紙に書いたコラムを本にまとめた。景気後退への懸念から株式市場が乱高下している現状から見ると洞察に富んだ好著だ▼本は日本経済にも触れている。「闇の中へ飛び込んだ日本経済」と題した文章で教授は〈不況が長引いている経済下では、失業した労働者は職を見つけられない…そして失業者は商品を買わなくなるので、経済はさらに悪化する〉と指摘する▼小泉政権の経済政策を策定した竹中平蔵経済財政相(当時)に尋ねた教授は〈(彼は)規制緩和と民営化を進めることによって、新しいビジネス機会が生まれ、それが設備投資を促進させる〉と主張したと述べる▼だが、その政策は教授の目から見ると無謀だった。日本が直面しているのは、「供給サイド」の問題ではなく国民が消費を手控える「需要サイド」の問題だ、というのが教授の認識だったからだ▼2001年7月に発表されたこのコラムは、小泉構造改革がもたらした貧困層の増大など負の側面を言い当てた。日本も巻き込まれている今回の経済不安に教授はどんな処方せんを示すだろう。(S)


10月17日(金)

●やれやれ今度はインゲンか、というのが大方の消費者の反応だろう。ギョーザ中毒事件の原因が未解明の中で発生したインゲン騒動だ。冷凍インゲンから基準値の3万倍を超す農薬が検出されたというのだから驚く▼今回のインゲンも6月に発覚した農薬汚染のギョーザも中国から輸入された。どちらも混入された経緯は分かっていないが、中国産は大丈夫なのだろうかと不信が募るのを抑えることはできない事態だ▼問題になったインゲンは、東京を中心にスーパーの店頭に並び、道内には入ってきていない。だが函館市内のスーパーで商品を手に取ると冷凍食品ばかりでなくハチミツやニンニクなど多くに中国産の表示を見かける▼総菜の食材の一部やレストランのメニューに中国産が使われている例だってあるだろう。もちろん大半の中国産は安全に問題はない。ギョーザ中毒が発覚してから、冷凍の小龍包(しょうろんぽう)を食べたがとてもおいしかった▼中国産に疑惑の目を向けるのは、過剰な反応だと理解はできる。だが、こう汚染問題が続くと、買う商品の産地表示を確認するのがクセになった。国産だと何となく安心するのは、安全管理が徹底し、生産履歴も分かるとの信頼感からだ▼さて、インゲンの農薬汚染は、どんな展開をたどるだろう。ギョーザの二の舞で原因究明がうやむやになっては、中国産に対する信頼回復にもつながらない。(S)


10月16日(木)

●「台湾娘に見染められ、一房二房ともぎ取られ、金波銀波の波超えて、着いたところが門司港。冬はタドンで蒸されて、黄色いお色気ついた頃…」。門司港のバナナのたたき売りの口上に「朝バナナでダイエット、メタボ腹もへこむ」の一節が加わったのか▼台湾やフィリピンなどから輸入されるバナナは年平均102万d。栄養価が高く、速効性と持続性を兼ねたエネルギー源。がん抑制にも効果があるという。料理用バナナは粉末にして乳児食にも使われている。糖質が多く、満腹中枢を刺激して腹持ちがいい▼食欲を抑制する物質も豊富なため、バナナと水だけで減量するダイエットが大流行。スーパ―などのバナナコーナーは品不足に加えて値上がり。量販店の注文は3倍から4倍に急増。5本で300円が1本で100円に、一房1000円のものも▼バナナダイエットは韓国にまで“飛び火”している。農作物に顔を描いてプレゼントすれば幸運が訪れるという言い伝えがある国もあって、特に顔を描いた黄色い“バナナ人形”は金運に恵まれると人気を呼んでいることも、影響しているようだ▼かつて高級品だったバナナは、いまや世帯当りの購入量がミカンを抜いて1位。昨年は「納豆ダイエット」が市場を混乱させた。バナナの次は「とろろ昆布ダイエット」らしいが、バナナは「1日1本」でいいのではないか。品不足も値段も早く落ち着いてほしい。(M)


10月15日(水)

●市場に強気の「ブル(雄牛)」が戻った、と即断はできない。だが、株価の連鎖崩壊が崖っぷちで踏みとどまったとはいえそうだ。連休明けの東京市場は、ニューヨーク株価が急騰したのを受けて日経平均が9000円台を回復した▼一時はバブル後の最安値7600円を割り込むとの不安が膨らんだことを思うと、市場関係者に安ど感が流れているのは事実だ。しかし、震源地である米の金融危機が克服されたとはいえない▼米政府は、約25兆円の公的資金の金融機関への注入を決めたと米紙(電子版)がトップ記事で伝えている。名だたる大銀行が政府資金によって救済されるのは、米金融史上でも例がない▼日本は1990年代後半、約10兆円の公的資金を注入して金融危機を乗り切った。そうした経験から早めの救済策を国際会議の場などで主張していたが、危機が深刻化するまで日本のアドバイスが受け入れられた形跡はない▼危機の発端は低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)が巨額の不良債権になったことだ。住宅価格の上昇神話を頼りに借金してモノを買う米国流の消費の在り方は、もはや通用しないのは明らかだ▼米経済の借金依存体質に警告を発していたポール・クルーグマン米プリンストン大教授が、ノーベル経済学賞に決まったのも何かの符節だろう。今回の危機は乗り切っても米中心の世界経済は変容にさらされている。(S)


10月13日(月)

●〈とんでもない〉を意味する「もってのほか」は、食用菊「延命楽」の別名だ。名の由来は「とんでもなくおいしい」「天皇家の御紋である菊を食べるのはとんでもないことだ」から来たとの両説があるらしい▼春のサクラに対し、キクは日本の秋を代表する花だ。だが、原産地は日本ではなく、1500年ほど前に中国で生まれた。日本で栽培されているキクは約350種。そのうちの一部が秋の味覚として賞味される▼青森県八戸市生まれの芥川賞作家三浦哲郎さんが「郷里の菊」と題したエッセーに子どものころになじんだキクの食べ方を書いている。湯がいておひたしにしたり、天ぷら、酢の物、ゴマ和えのほか、みそ汁の実にもするという▼なかでも三浦さんの母の得意は、キクの花のみそ漬けだった。〈樽の底に味噌を敷き、キャベツの葉っぱで仕切りを作ってから、その上にほぐした花びらを厚く敷き詰め、その上にまたキャベツ、味噌というふうに、何段にも漬け込む〉▼そうして出来たみそ漬けを母は離れて住む息子の元へ送ってきた。ふるさとの母の味だった。食用菊は東北や新潟県などで栽培が盛んだが、全国的にみれば、観賞用が圧倒的に多い。道内でも食用菊の栽培は少ないだろう▼函館市内のスーパーで食用の黄菊が野菜コーナーに並んでいた。あまり人気がないのか売り場スペースは小さい。秋の花を舌で味わうのも一興かと購入した。(S)


10月12日(日)

●種を植えて収穫する。その種をまた植え、再生産する。しかし、もし収穫した野菜や穀物の種が「発芽しない種」だとしたらどうなるか。そして発芽する種を企業が独占したら…。農家は毎年、その企業から種を購入しなければならない▼SFのような話だが、そんな世界となりつつある。1回しか発芽、収穫できない種を作る技術は、遺伝子の組み替えで確立している。アメリカの企業が成功させたが、各国の反対で実用は凍結された▼ただ、アメリカをはじめとする世界の農家は、遺伝子を組み替えた大豆などの種を、種子会社から農薬とセットで購入している。農薬に負けない種は一般的に収量が多いとされ、農薬も驚異的な強さで雑草を駆除する▼インドの学者、ヴァンダナ・シヴァさんが、こうした世界の実態を著書『食糧テロリズム』(明石書店)で紹介している。シヴァさんが警鐘を鳴らすのは、食糧生産に必要な種を、農家ではなく企業が握るということ。つまり企業による食糧支配だ▼投機マネーが原油や穀物市場に流れ込み、世界的な上昇を招いた。世界同時株安で投機マネーは行き場を失い、規模も縮小しているとされるが、この先も不安はぬぐえない▼農業や食糧をめぐる世界の現実に、危うさを感じる。ユニセフによると、世界では毎日、3万5000人の子供たちが栄養失調で亡くなっている。飽食を自省し、食糧は誰のものかを考える。(P)


10月11日(土)

●「見切り千両」は、よく知られた相場の格言だ。手持ちの株が値下がりすると、投資家は居ても立ってもいられない心境に陥る。そんな時は見切って売った方が将来の千両につながるとの教えだ▼日経平均が8100円台まで暴落した昨日、損切りするか持ち続けるか、悩みに悩んだ投資家が多かろう。困惑した顔つきでインタビューに答える映像がテレビで流れた。日本人4人がノーベル賞に輝いた朗報がくすんでしまう市場の動揺だ▼東京は、米ニューヨーク株式市場が史上3番目の下げ幅を記録したのを受けて急落した。株の暴落は東京ばかりでなく世界に広がっている。海外紙(電子版)が、アジア、ヨーロッパ市場での株価下落を伝えている▼米ワシントンポスト紙は、今回の金融危機が米の景気後退を長引かせる恐れが強いとの分析記事を載せた。米の景気が変調を来たすと輸出に頼る日本企業への影響が大きい。株価が暴落する一方で、円高は1ドル=100円を切るまでに進行している▼ワシントンでは、きょう未明から主要7カ国の財務相・中央銀行総裁会議(G7)が始まった。金融危機拡大を食い止めて世界経済の悪化を押さえ込めるか、かつてない注目の中での会議だ▼市場では「ベア(クマ)」は、弱気を意味する。米のサブプライムローン問題に端を発して、ベアばかりがかっ歩する市場に「ブル(雄牛)」の強気を取り戻す光明を見たい。(S)


10月10日(金)

●八雲町内の調剤薬局に勤務していた当時、売上金の一部を着服したとして業務上横領罪に問われ、函館地裁で9月19日、無罪判決を受けた女性(29)について、函館地検が控訴を断念した。控訴審で有罪に持ち込むだけの証拠はないとの判断だろう▼無罪が確定した女性は逮捕段階から一貫して無実を訴えていた。一方、捜査当局は他の従業員のアリバイなどを基に、犯罪事実を立証しようとした。裁判官は「消去法的な立証では犯人性を認定できない」と一蹴し、「犯人であることを示す証拠はない」とした。ここで犯罪の構図は完全に崩れた▼そもそも女性が当初から否認している事件だ。自白もないまま、状況証拠に依拠した手法で有罪とするのは相当に難しいし、確たる合理性が求められる。取り調べで自白が得られるとの見込みだったとすれば、捜査の在り方そのものにも疑義が生じる▼女性は逮捕から約3カ月間拘置されている。接見禁止の措置も取られた。無罪判決後の会見で、女性は厳しい取り調べの状況を明らかにし、「接見禁止で家族に会えなかった期間がつらかった」と話した▼本人はもちろん、家族のつらさも容易に察しがつく。世間の目の冷たさを痛いほどに感じたこともあるのでは▼無罪確定は女性とその家族の「名誉回復」の始まりだ。弁護人は国家賠償請求訴訟も検討しているという。ただ、心の傷は決して消えない。(H)


10月9日(木)

●度量が狭いな、と日本プロ野球組織(NPB)の決定に鼻白む思いを抱く。ドラフトを拒否したアマ選手が、海外のプロ球団と契約した場合、日本のプロ入りに凍結期間を設けるルールを作ったことだ▼社会人野球ナンバーワンの田沢純一投手が、メジャー挑戦を表明してから新たな規約を急きょ決めた。国際化時代に背を向ける決定は、もちろん有望選手の海外流出に歯止めをかけようとの狙いからだ▼田沢投手は、今年のドラフト会議で一巡目指名が確実と見られていた。150キロを超す速球と鋭く落ちるフォークボールを武器に都市対抗野球で新日本石油ENEOSを日本一に導いた。プロでも即戦力と期待される逸材だ▼その田沢投手が、プロ球団に指名しないよう求めたことからNPBの動きが怪しくなった。急ごしらえのルールが、有望選手のメジャー志向を抑えられるとは思えない。イチロー、松坂、松井などの活躍が夢の舞台を身近に引き寄せている▼メジャーでは、ワールドシリーズ進出をかけた戦いがあすから始まる。地区シリーズを勝ち抜いた4球団には、日本人選手もいる。メジャーの試合は、テレビで見てもスピード、パワー、迫力に圧倒される▼渦中の人となった田沢投手も、自らの姿をマウンドの松坂や黒田に重ね合わせて試合を見るのかもしれない。ルールの適用はグラウンドだけでいい。場外のケチなルールは願い下げにしてほしい。(S)


10月8日(水)

●《桃花鳥が7羽に減ってしまった…ニッポニア・ニッポンという名の美しい鳥が僕らの生きているうちに、この世から姿を消してゆく》〜(さだまさし「桃花鳥」)。万葉集などに出てくる淡紅のトキが27年ぶりに佐渡の空に放鳥されて2週間▼トキは日本や中国を含む東アジアに広く生息していたが、明治に入って乱獲が進み、開発や都市化もあって生息圏が狭まった。ドジョウやヤゴ、カエルなど餌場(水田)が減少したためか、臥牛子も能登半島に住んでいた子供のころに見たのが最後▼「市民がトキと思われる1羽が稲刈り後の水田での歩行を確認」「ダム近くで1羽が探餌しドジョウを捕食しているのを確認」…。サイトの「放鳥トキ情報」を読むと、放鳥された10羽のトキが元気に野生復帰へ向けて飛翔する姿が目に浮かぶ▼国際自然保護連合によると、調査した動植物4万4838種のうち1万6928種が絶滅危惧種だという。佐渡では子どもたちが農薬や化学肥料を使わない水田の再生を呼びかけ、10羽の放鳥を応援した。釧路湿原のタンチョウヅルも子どもたちがmノ付けで救った▼《限りなく広い空で、こころをふるわせ未来へと飛んでいけ》〜 佐渡の子どもたちは「自然の中で卵を産んで増えてほしい」と『トキの歌』を絶唱。これから厳しい冬を迎える。淡紅の風切り羽を広げて、来年のトキ情報には「赤ちゃん誕生」と書き込んでほしい。(M)


10月7日(火)

●解散風にあおられて道内の衆院選立候補予定者の陣営は、多くが先週末に事務所開きをした。地元8区でも民主党の現職が、函館市内に事務所を開設したのに続き、町村にも拠点を設け始めた▼急きょ立候補が決まった自民の元参院議員は、まず顔と名前を売ろうと精力的にあいさつ回りをこなしている。候補を立てない公明、共産の両党は、比例の重点候補のてこ入れを図る▼総選挙の足音が間近に迫っていることは、だれも否定しない。だが、予想された月内選挙は遠のいた。景気後退や米の金融危機に直面して、緊急経済対策を盛り込んだ補正予算を通すべきだとの麻生太郎首相の意向が、解散熱に水を差した▼自民党が実施した世論調査が、厳しい結果を示したことも解散先送りを首相に決断させたとの報道もある。解散は首相の持つ大権だ。与党にとって議席減を最少にとどめるタイミングを見計らっているのは間違いない▼首相の祖父吉田茂元首相は、1953年2月の衆院予算委で「バカヤロー」と暴言をはいた。それがきっかけになって、解散・総選挙が行われ、吉田自由党は大敗した。吉田退陣につながったバカヤロー解散である▼昨日から始まった衆院予算委の論戦では、祖父のような暴言が飛び出すことはあるまい。だが、衆院の後には野党が多数を占める参院予算委が控えている。首相がいつ伝家の宝刀を抜くか、緊迫した国会論戦が続く。(S)


10月6日(月)

●日本にやってきた外国人が、初めて床屋に行き恐怖に身がすくむ思いをしたという。髪のカットはどの国でもさほどの違いはない。だが、顔剃(そ)りになって、日本流の深剃りに肝を冷やした▼髭(ひげ)を当たる前には、蒸しタオルでじっくりと皮膚を温める。こわばっていた髭が軟らかくなってからシャボンをぬり、一枚刃カミソリを顔に当てて剃り始める。一通り剃った後、いよいよ深剃りに入る▼店主によってやり方に違いはあるが、皮膚をつまんだり、髭の根元を押し出したりしながら指の腹で触れてもざらつかないまでカミソリを動かす。のどのあたりもしっかりと剃り上げる。気持ちよさにうっとりする時間だ▼ところが、外国ではざっと剃っておしまいか、そもそも髭を当たってくれない店もある。ニューヨークで入った店でも顔そりは通り一遍の味気ないものだった。眠気を催すような心地よさは求めたくてもなかった▼髭剃りに恐れをなした話を聞いて、志賀直哉の短編「剃刀(かみそり)」を思い出した。腕のよさで評判の床屋の主人が、発熱のだるさをおして客の髭を当たっているとき、刃先で皮膚に傷をつける▼流れる血を見た主人は剃刀を客ののどにあて力を込める…。経験のない外国人が恐怖心にとらわれるのは刃物を手にした主人の前に無防備だからだ。だがくだんの外国人は、日本に暮らす間に髭を当たってもらう快感を知ったそうだ。(S)


10月5日(日)

●深夜、函館新道に設置された温度計が気温12度を示していた。道路温は10度だ。気温が最も下がる夜明け前は、10度を下回る日も珍しくない。日差しにこもる温もりが日ごとに弱まり、その分だけ冷気が増す▼北国の秋が一気に深まってきた。函館近郊の露天の温泉につかり、空を見上げる。浮かんだ雲の輪郭が空に淡く溶け込む。くっきりと縁取られた夏雲とは、明らかに違う。空の色合いも群青色が失われた▼平安人にとって、秋はしみじみとした風情を感じる季節だったようだ。「源氏物語」千年紀の根拠とされる「紫式部日記」は〈秋のけはひ入り立つままに、土御門殿のありさま、言はむかたなく をかし〉と書き起こす▼紫式部は、色づく木々や草むら、優美な空の色合い、風のそよめきに感興を覚えながら、読経の声に耳を澄ます。忙しい現代の私たちは、緩やかな時間の流れで秋の趣(おもむき)を味わう平安のゆとりを持ち合わせていない▼それでも張りつめた時間にひょっとした余裕が生まれたとき、移り行く季節の風情が心に染み入ることがある。平安人にはほど遠くても、そうした感性のかけらは、いつまでも忘れずに残しておきたいと思う▼秋はまた食べ物がおいしい季節だ。海の幸、山の幸が豊富に出回り、食欲を刺激する。食のバラエティは平安よりも現代が上だ。秋の感興は舌でも味わえる、と理屈をつけてなじみの店に出かけようか。(S)


10月4日(土)

●日本の美称である「瑞穂(みずほ)の国」の瑞穂は、みずみずしいイネの穂を意味する。神事に稲穂やコメが用いられるのは、日本を象徴する作物だからだ。コメに「お」を付けるのも敬う気持ちが込められている▼そのコメの焼却が始まった。函館では日乃出清掃工場に運ばれ、昨日だけで840キロが炎の中に消えた。カビが生えて食べられないとはいえ、税金で買い入れた輸入米である。もったいないな、とため息が出る▼中年以降の世代なら「おコメを粗末にすると罰が当たる」「おコメの一粒はお百姓さんの汗の一滴」などと耳にたこが出来るほど聞かされて育ったことだろう。コメに特別の思いがこもるのは、日本人特有の心性かもしれない▼カビや農薬に汚染されたコメを事故米と呼ぶのは、食用への横流しが明るみに出て初めて知った。お役所らしい用語だ。だが、コメが自ら事故に遭うわけはない。輸入から保管までのどこかの時点で、事故は起きたのだろう▼事故を発生させたのは、不注意な人間の側だ。それによって汚染米を口にしたのではないかと不安が生まれ、税金の無駄使いにもつながっている。やれ、やれ瑞穂の国がコメを粗略に扱った天罰だろうか▼コメ輸入は1993年の通商合意(ウルグアイ・ラウンド)によって始まった。瑞穂の国にやって来た外国育ちが、ゴミとして炎の舌に飲み込まれる。何だか一件落着とはいかない光景だ。(S)


10月3日(金)

●大阪市の個室ビデオ店で1日未明、利用客15人が一酸化炭素中毒死する放火事件が起きた。借金などで自暴自棄になった46歳の無職男の犯行だが、個室では他の利用者の不審な動きも察知することは出来ない▼死者が出るかもしれないという認識があったとし、捜査当局は「未必の故意」に当たると判断、男に殺人容疑を適用した。まさに無差別殺人、通り魔殺人と言っていい凶行だった▼24時間営業の個室ビデオ店、個室ネットカフェなどは、職場に近いからと会社員が宿泊を兼ねて利用したり、住居がないため寝泊まりする、いわゆる「ネットカフェ難民」などで都市部を中心に需要は高まっている▼居酒屋でも「個室」風の造りが人気を集める時代。周囲を気にしなくていいし、落ち着くと言うことだろう。自宅じゃあるまいし、わざわざ個室に入らなくても…と感じるのは、広い店内で焼き魚、焼き鳥の煙に包まれながら、大声で語り合うのが好きな時代遅れの大衆居酒屋世代か▼そんな個室風の店で、トイレから戻ろうとして部屋が分からなくなったことがある。個室を確保するために、通路が必要以上に入り組んでいるためだ。自分の位置を把握できないと動きようがない。個室の落とし穴はこんなところにもある▼出口はどこにあるのか、個室を出てどう進めばいいのか。自分の身を守るために、そうした確認が必要な時代なのかもしれない。(H)


10月2日(木)

●人気作家の司馬遼太郎さんが「アメリカ素描」(新潮文庫)に、ウオール街を訪れたときの印象を記している。司馬さんは、当時野村証券の現地法人会長だった寺沢芳男元参院議員のオフィスで話を聞いた▼寺沢さんは「投機家である会社(銀行・証券会社・保険会社)は、先物に数学的な体系をあたえる能力をもった頭脳を、年俸何億円かで契約します。その専門家に決してソンをしないシステムをつくってもらい…」と解説する▼司馬さんは、投機に走るウオール街を知って「バクチでありつつもソンをしないシステムを開発しては、それへカネを賭け、カネによってカネを生む。(アメリカは大丈夫だろうか)という不安をもった」と書く▼20年を経て司馬さんの不安は現実になったと言っていい。発端となった低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)は、複雑な手法を使って証券化商品に化けた。その商品にはバクチのワナがはめ込まれていた▼米下院が、公的資金で不良資産を買い取る金融安定化法案を否決したのは、税金でバクチの尻拭いをすることに対する納税者の批判を恐れたからだ。だが、バクチの後始末が遅れると株価暴落から金融恐慌の不安が増す▼金融不安は日本の解散総選挙にも影響している。景気対策の補正予算を成立させるべきだとの意見がにわかに力を得て、解散時期がずれそうな気配だ。政治がバクチに振り回される。(S)


10月1日(水)

●世界初のコーヒー店は、16世紀半ばコンスタンチノープル(いまのイスタンブール)に開店した。トルコ人の知人が、教えてくれた話だ。そのころはオスマン・トルコの支配が、ヨーロッパにまで及んでいた▼トルコは、オーストリアの首都ウイーンにもコーヒーをもたらした。トルコ軍が、ウイーンから敗走するときコーヒー豆の入った袋を残していった。トルコの進軍がなければウインナ・コーヒーは生まれなかったかもしれない▼コーヒーは世界中で飲まれているだけあって、逸話にはこと欠かない。そのコーヒーが日本に伝わったのは、17世紀初頭といわれる。海外に開けた唯一の場所であった長崎・出島にオランダ商人が持ってきた▼当初は、体に良い薬用飲料とされたらしい。なるほどコーヒーの成分のカフェインは、頭をすっきり覚せいさせる作用などが知られている。もっとも現代では、薬理を期待して飲むことは少ないだろう▼コーヒーはアメリカやフランスの映画にもよく登場する。すぐに思い出すのは「ティファニーで朝食を」で主演のオードリー・ヘプバーンがコーヒーを飲むシーンだ。しゃれた雰囲気の名場面だった▼函館は、開港都市だけあっておいしいコーヒーの店が多い。道内他市に比べても喫茶店の数が目立つのではなかろうか。きょうは「コーヒーの日」。すっかり秋めいてきた午後、なじみの店で香り高いコーヒーを楽しむのもいい。(S)


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