平成20年7月


7月31日(木)

●交渉決裂を道内の農業者は、ほっとした気持ちで受け止めているだろう。貿易自由化のルール作りを目指してスイス・ジュネーブで開かれた世界貿易機関(WTO)の閣僚会合は、合意が出来ずに終わった▼昨日の深夜1時過ぎだった。NHKラジオを聞いていると、番組を中断して交渉決裂のニュースが流れた。会期を延長して大詰めの折衝を重ねていた閣僚会合は、今回も農産品を巡る対立を解きほぐせなかった▼合意が成立していたら、高関税で守られている国内農業に厳しい局面が予想された。高橋はるみ知事が首相官邸を訪れ、政府に懸念を伝えたのも合意によって安い海外の農産品が流入するのを食い止めたいからだ▼だから決裂を歓迎するムードが農業者に広がる。コメ、小麦などは、200%を超す高関税を課している。関税率が大幅に引き下げられたら、道内農業に壊滅的な打撃を与える。その心配は、当面回避されたとの安ど感だ▼だが、今回の交渉で高関税の重要品目は大幅削減の流れがはっきりした。いずれ再開される交渉では、日本が求めるような数の重要品目容認はまず望めない。数年先には、輸入自由化がいや応なしに押し寄せてくる▼高コスト体質の農業の構造転換をどう進めるか。交渉決裂で一息つけても貿易自由化が世界のすう勢である限り、農産品だけを特別扱いはできないだろう。与えられた猶予期間は長くはない。(S)


7月30日(水)

●道内の農業者は、交渉の行方を固唾(かたず)を飲んで見守っているに違いない。舞台は、はるか離れたスイス・ジュネーブの世界貿易機関(WTO)本部だ▼新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)が大詰めを迎えている。日本にとって最大の焦点だった農業の重要品目は、痛みを伴う大幅な妥協を強いられる見通しになっている。農業者の不安は、増すばかりだろう▼国内農業を守るため高関税をかけられる重要品目として日本は、全品目の8%を主張した。だが、WTO事務局長らの調停案は原則4%、最大6%である。これでは200%超の高関税を課している101品目のうち20品目以上が対象外になる厳しい内容だ▼道内の主要農産品では、コメ、小麦、乳製品など多くが関税率見直しの対象にされそうな危機感が高まる。道内農業団体などは幹部をジュネーブに送り込んで日本の立場に理解を求めたが、国際交渉の場では力を持ち得なかったのだろう▼貿易自由化のルール作りを目指す新ラウンドは2001年にスタートした。それから7年余にわたり、交渉は難航を重ねてきた。各国の利害が対立して、調整が進まなかったからである。今回の閣僚会合も予定を延長して交渉を継続した▼日本の食料自給率は40%を切り、主要先進国で最も低い。その中で北海道は食料供給基地の役割を担ってきた。だが道内農業の先行きには、自由化の荒波が立ってきている。(S)


7月29日(火)

●函館市内のスーパーに行くたびに前回の買い物時と価格がどう変わったか気にするようになった。一部の特売品以外は、ほとんどの価格が上がっている。わずかだけど値下がりしたな、と気付いたのは納豆ぐらいだ▼スパゲティ、食パン、サラダ油などが10―30%も上がっている。朝食にいつも食べるヨーグルト。チーズも上がった。バターは品薄だ。特売品の代表だった牛乳は1g150円以下はもはや見当たらない▼総務省が発表した6月の消費者物価は前年同月より1・9%上昇した。上昇率は15年6カ月ぶりの高水準だという。日々の買い物で実感していた値上げラッシュを裏付ける数字だ▼折込チラシで特売品を眼を皿のようにして探してもめぼしいものが減っている。店側にしても仕入れ価格の上昇を販売価格に転嫁しないと赤字が出る。目玉商品をたくさん並べてお客さんに来てほしいと思ってもなかなか難しい▼世界的な原油高、食糧高の影響が押し寄せている。サラリーマンの収入は頭打ちか減り気味なのだから個人消費が伸びる余地はない。消費者心理の冷え込みは、景気の失速にもつながる▼今夏は海外旅行者が減る見通しだそうだ。燃料価格の高騰を吸収するため航空会社はサーチャージの徴収を始めた。それが旅行代金に跳ね返る。行き先によっては数万円もの負担増になるのだから旅行意欲もなえる。スカッとさわやかとはいかない夏だ。(S)


7月28日(月)

●テレビ画面の右上に「アナログ」のロゴが掲示されていることにお気づきだろうか。NHKが24日から総合・教育テレビで常時流し始めた。2011年7月24日の地上デジタル放送移行に向けての広報だ▼民放もゴールデンタイム(午後7時から10時)などの番組冒頭で同じロゴを流す。来年からはCMを除き、すべての時間帯でアナログと掲示して3年後の移行を周知するという▼デジタル放送は雑音のない音声とクリアな映像を可能にする。複数番組の同時放送、字幕放送もできる。将来は介護サービスなど行政サービスの申し込みもテレビを通じて出来るようになる▼いいことづくめのPRが総務省のホームページに載っている。技術の進歩がもたらす恩恵を国民が等しく受けられますという訳だ。だが、あまのじゃくの気分がむくりと頭をもたげてきた▼地デジに対応していないテレビは、3年後に見られなくなるなんてもったいないじゃないか。チューナーを付ければ受信できるとはいえ、わざわざ買うのもバカらしい。地デジ対応のテレビに買い換えるのは負担が重い。しかも古いテレビの処理にリサイクル料金を取られる▼地デジの推進は家電メーカーを潤す“陰謀”じゃないか、と勘繰りたくもなる。テレビ局もデジタル中継局の整備に巨額の投資をするよりも良質な番組の制作に金をかけてほしい、というのはもはやかなわぬ願いなのだろう。(S)


7月27日(日)

●「親子で大切な時を共有する日にしてほしい」―7月第4日曜の27日は「親子の日」。5月第2日曜は母の日、6月第4日曜の父の日を受けて「親子の日」があってもいいと、写真家のブルース・オズボーンさんの呼びかけで5年前にスタート▼オズボーンさんは「親子を並べて撮ったら、どんなふうに写るのか」と思いついたのがきっかけ。子は大きな体にモヒカン頭のコワい雰囲気の若者。母親は豪快で快活で息子の最大の理解者。撮影してみると親子にギャップはなかった(毎日新聞)▼102歳のおばあちゃんを撮っている時、75歳の息子の帰宅に気をもんでいる様子に「いつまでたっても親は親」と感動したという。そういえば父親は「人に後ろ指をさされるようなことをするな」と説教してくれた。今の母親は「通り魔に気をつけてね」か▼肩車や馬乗りなどでスキンシップしてもらった親を傷つけたり…。最近、目立つ“家族殺人”が気にかかる。勉強についていけないと登校拒否したり…。子どものサインに最初に気づかなければならないのが親。家族の絆には親子団らんが不可欠▼36歳で自ら命を絶った芥川龍之介は、わが子への遺書に「人生は(死に至る)戦ひなることを忘るべからす」と諭している。オズボーンさんは「命を授かって最初に出会う親子のつながりを見直したい」と強調。1年に1度といわず、毎日が「親子の日」であってもいい。(M)


7月26日(土)

●函館写真協会が解散した。1955年に結成、地域の写真文化発展に貢献し、70年に函館市文化賞を受賞。しかし、会員の高齢化のほか、時代の新しい波への対応が遅れたことが大きかった▼新しい波とはカメラのデジタル化。手軽に撮影できるので写真人口は増えたはずだが、デジタルカメラの講習会など、新しい波を見据えた事業を行えなかった▼1997年、仕事で初めて持たされたデジタル一眼レフカメラは、電源部が大きいため高さ約20aという弁当箱並みの大きさだった。約130万画素で価格は約200万円。携帯電話による写真電送時間は1枚につき数分から10分を要した▼今では約1000万画素になり、価格は高級機でも数十万円まで下がった。携帯電話も進化し電送は1分程度。画像はフィルムとの差がなくなった▼東京ドームでは、撮影しながら写真を電送する新聞社のため、カメラマン席にパソコン用の電源コンセントが設けられた。新聞社はドームと専用回線を結び、ホームランが出た5分後には写真が届く。フィルムを運ぶバイク便は姿を消した▼ここまで約10年での変化である。デジタル写真という新しい波の勢いを感じさせる。写真協会のホームページでは「アナログ時代の写真文化活動を構築してきた協会の歴史に幕を曳(ひ)くことになりました」とある。デジタル時代の波に飲まれてしまったことは残念な限りだ。(R)


7月25日(金)

●昭和30年代初めの東京下町の生活を描いてヒットした映画「ALWAYS三丁目の夕日」には、建設中の東京タワーが出てくる。2年後の2007年に公開された続編では、東京タワーはすでに完成した姿を見せた▼時代設定は初編が1958年、続編は翌59年である。経済白書が「もはや戦後ではない」と宣言したのは56年だった。戦後復興期を脱し、73年まで続く高度経済成長期に入ったころだ▼完成から半世紀がたつ東京タワーは、いまも修学旅行の人気スポットだ。家族連れやカップルも眺望を楽しもうと展望台を訪れる。高さ333b、紅白に塗り分けられた塔は、完成当時世界一の高さを誇った▼その東京タワーの2倍の高さを持つ「東京スカイツリー」の建設が始まった。場所は隅田区押上。東京タワーの周りは、オフィスビルやマンションに囲まれてしまったが、スカイツリーの建設地周辺は下町の雰囲気が残っている▼スカイツリーは、地上デジタル放送の電波塔として建てられる。11年の暮れに竣工し、12年春に開業する予定だ。高さはもちろん日本一。商業施設が設けられ、多くの観光客も見込まれる。地元への経済波及効果も大きい▼「三丁目の夕日」のころ、東京タワー周辺には、低い家並みの家々が立ち並んでいた。だが半世紀の間に街は一変した。墨東のスカイツリーは3年後、辺りの景色を変える魔力を秘めて空中にそびえ立つ。(S)


7月24日(木)

●万葉の昔から薬膳(やくぜん)料理などにも使われてきたウナギ。「串打ち3年 開き8年 焼き一生」―かば焼きを考え出した日本人のウナギ消費量は世界の7割を占める。ことしのウナギはさんざんケチをつけられ、24日の「土用の丑」を迎える▼最初は中国産ウナギから発がん性物質が検出され、中国産への拒絶反応が出たこと。次いで愛知県の養殖業者が台湾から輸入したウナギを「国産」として販売したこと。成魚になる前に台湾に輸出、しばらく育てた後に再輸入する「里帰りウナギ」だ▼かば焼きが増えて、江戸前だけでは対応できない時、江戸に入ってきたのが「旅鰻(たびうなぎ)」といわれる地方産。品薄の江戸前は人気があったという。今の業者は中国などからの「旅鰻」を「国産」と偽って大もうけを企んだ▼ウナギの顔を見て、業者は産地を見分けられないだろう。まして、あちこちで食べ比べた経験もない一般市民は、どれを買うか決めるには、ラベルを見るしかない。国産ウナギは消費量の2割くらいだというのに、店頭には「国産」がズラリ…▼鰻は「信用に傷がついた」と怒りうなぎのぼり。ある店主は「鰻」という字をさばいて「一日に四回食べても、又、食べたくなる魚」と解説。ことしは暦の関係で土用の丑の日は8月5日と2回。ウナギ人気を回復する好機かも。高いけど、滋養強壮、夏ばて防止に人並みに食べよう。(M)


7月23日(水)

●鬱陶、うっとうしい、メランコリー…。辞典には「心がふさいで晴れやかではない」「うるさい」「わずわらしい」などと説明している。人の心は臓器のようなもので、「喜び」「楽しいこと」は気分よく消化して、心の滋養にしてくれる▼でも、心に入ってきたものが「憎しみ」や「怒り」だったら、いくら消化しても消化不良を起こして心を傷つけてしまう。消化しやすいものを臓器に入れるように心がけているけれど…。埼玉県で父親を刺殺した中3女子がいた▼前日の夕食はカレーにしようと父親と一緒に買い物に出かけるなど仲がよかったというのに。夜中に台所から包丁を持ち出して…。「両親から『勉強しなさい』と言われ、うっとうしく思った」と話している。事件直後に「お父さんが家族を殺す夢を見た」という趣旨の話をしており、夢の中で家族ともみ合う父親をいさめようと包丁を使ったのだろうか▼「親を困らせたかった」とバスジャックした14歳の少年もいた。ネットの掲示板に「明日、下校中の4年生を殺す」と殺人予告を書き込んだ小4女児もいた。「本当に殺すつもりはなかった」と話しているが…▼自己中心的、すぐキレる、ブレーが効かない…最近の非行化の三大要素。「怒り」「殺す」など子どもの臓器では消化できない“悪い食べ物”を取り入れないようにしなければ。家庭も、学校も叱ってくれる親がいる幸せに気づかせなければ。(M)


7月22日(火)

●読売巨人軍などで活躍した白系ロシア人投手、ビクトル・スタルヒンの墓は、秋田県横手市の崇念寺にある。黒御影石の台座に野球ボールの形をした石を配置している。崇念寺がスタルヒンの妻、久仁恵さんの生家であることが縁▼久仁恵さんの母も白系ロシア人。東京・神田のニコライ堂でスタルヒンと巡り合い、恋に落ちた。その二人の長女、ナターシャさんが先日、旭川スタルヒン球場で行われた巨人―中日戦の始球式に登場した▼スタルヒンは戦前から戦後にかけ、セ・パ通算303勝という大記録を打ち立てた。しかし迫害もあった。ロシア革命から追われた亡命ロシア人であることや家族の境遇について、やじが飛んだという話もある▼そして引退からわずか2年後の1957年、自動車事故でこの世を去る。一人の白系ロシア人の生涯。革命、亡命、迫害、栄光、戦争、事故死…。壮絶な運命と言うよりない▼始球式でナターシャさんは「この球場で巨人戦が行われ、私が投げられるなんて幸せ」と喜びを語った。父の名の付いたスタルヒン球場は、父親の懐というイメージがあるそう。記憶の彼方にある父の姿を間近に感じたろうか▼その球場でいま、甲子園を目指し球児が熱戦を繰り広げている。スタルヒンは旧制旭川中学で甲子園を目指したが、2年連続、決勝で敗れた。伝説の大投手の名を刻む舞台から、新たな球史が誕生してほしい。(P)


7月21日(月)

●「凱旋門から咲き出すパリ祭の花火」は「少し低すぎる位置で、乱れ咲き、凱旋門を蜃気楼(しんきろう)のように浮き立たせている」。女優であり、優れたエッセイストでもある岸恵子さんの文章だ▼戦後大ヒットした「君の名は」をはじめ数々の映画に出演している岸さんは、フランス人の映画監督と結婚してパリに住んだ。岸さんが見たパリ祭の花火は「豪華けんらんの圧巻はなく、もっと淡彩ではかなく」消えていったという▼花火は、中国で生まれ13世紀にヨーロッパに伝わった。日本にもたらされたのは、それより遅れて16世紀になってからだ。だが、江戸時代になると花火の打ち上げは各地の川開きに欠かせない人気行事になっていく▼本紙が主催する花火大会は、函館に夏を告げる恒例のイベントに成長した。昨夜、豊川ふ頭を主会場に開かれた花火大会は多くの市民が楽しまれたろう。港近くに足を運び間近で見上げた家族連れや、家の前に椅子を持ち出し夜空の大輪の花を見物された方もいた▼岸さんが描いた「淡彩ではかない」パリ祭の花火と異なり、函館の花火は豪華絢爛(けんらん)が持ち味だ。彩り豊かに夜空を染める花火は、海にきらめきを降り注いで消える。かなたにはイカ釣り船のいさり火が漂う▼本紙の花火大会が終わると、道南に本格的な夏がやって来る。海に川に山に、淡彩よりも原色の躍動感があふれる季節がいよいよ始まる。(S)


7月20日(日)

●渡米2年目の野茂英雄投手が先発した試合をドジャースタジアムで観戦したことがある。その試合は途中降板して野茂に勝敗はつかなかった。だが、トルネードと称される力感あふれる投球フォームはいまもまぶたに残る▼野茂の引退は、ドジャースの本拠地ロサンゼルスの地元紙も電子版で報道した。「ノーモア ノモ」と見出しを付けた記事は、両リーグでノーヒットノーランを達成した史上4人目の偉大な投手と讃えている▼大リーグは1994年の長期ストで人気が落ち込んだ。翌95年にドジャース入りした野茂は、クリントン米大統領が「日本の最高の輸出品」と持ち上げたように大リーグ人気の復活に一役買った。オールスターに選ばれ、新人王も獲得した▼野茂が躍動した日々を忘れることはできない。大リーグで123勝、日米通算では201勝を挙げた。ドジャースのラソーダ元監督が、「野球の殿堂」入りしてもおかしくないとインタビューに答えたように野茂の功績は輝いている▼野茂は今年、ヒルマン監督が率いるロイヤルズで3年ぶりにメジャーのマウンドに立った。肩やひじを手術した野茂が、中継ぎで3試合に登板しただけで解雇されたのは、力の衰えから仕方がないことだろう▼野茂は「まだやりたい気持ちが強い」と語った。現役に未練を残しての引退をうかがわせるが、ファンは野茂の雄姿に十分酔いしれた。アリガトウNOMO。(S)


7月19日(土)

●「海の記念日」制定に132年前の函館が関係していたことを本紙掲載の「道南不思議夜話」(近江幸雄著)で知った。東北巡幸中の明治天皇が1876(明治9)年7月16日、函館に入られた。英国領事館前には「WELCOME」の歓迎アーチ▼翌日は七重勧業試験場で洋式農具を使った農作業を見学、アイスクリームや粉ミルク、サケの燻製などを試食され、五稜郭では中島三郎助の最期の話に感動、函館氷の製氷方法にも関心をもたれたという。20日に横浜に帰港された▼この日を記念して41(昭和16)年に「海の記念日」とした。開港以来、米国、ロシアなどの船舶が食料補給などのため入港、コンブなど海産物の輸出港で、北洋漁業や造船の基地だったことも「海の函館」を後押しした▼20日は記念行事が目白押し。函館漁港で海上祈願祭を開催し、木造宝船「七福神丸」が海上パレード。緑の島で函館水産高校の生徒が函館から渡米した新島襄の生涯を描いた寸劇を披露。21日には遺愛女子高校が「海岸漂着物展」を開き、ごみのない美しい函館の海を呼び掛ける▼明治天皇来訪の際、夜になると「函館港の船舶は一斉に灯火、繁華街はあんどんで飾り、花火を打ち上げて歓迎した」とある。花火のツボは「千変万化する色を味わう」「真円の菊に目をこらせ」「花火のうつろいを愛でよ」という。20日の夜は函館名物の“イカ花火”などを堪能しよう。(M)


7月18日(金)

●「あのお札、どうしたのでしょうね」。そんな声が聞こえそうだ。さっぱり目にすることがなくなった2000円札のことだ。42年ぶりの新額面紙幣の誕生と脚光を浴びたのも遠い記憶に埋もれてしまった▼2000円札は、ミレニアムの2000年に沖縄サミットを記念して発行された。首里城の「守礼の門」を表面に採用したのは、そのためだ。当初は物珍しさも手伝い、財布に大切に仕舞いこんだ方も多いだろう▼流通枚数は4年後にピークの5億1000万枚に達した。だが、日銀によると昨年4月は3分の1の1億5000万枚だ。流通枚数を比較すると最多の1万円札の45分の1、1000円札の23分の1。滅多に見ない500円札より少ない▼2000円札が不人気なのは、なくても不便を感じないからだ。函館市内で2000円札が使える自動販売機は見たことがない。銀行に行けば両替してくれるだろうが、あえて持つ必要もない。他の額面の札で十分に用が足りる▼そんな2000円札だが、沖縄県では広く普及させようと力を入れている。理由はもちろん「守礼の門」が印刷されているからだ。普及促進のために地元金融機関では2000円札対応の両替機を置いている▼8年前、初めて手にした2000円札は、美しく落ち着いた色合いが気に入った。あす19日は発行記念日。いつしか財布から消えてしまった2000円札をせめて一枚持とう。(S)


7月17日(木)

●先月のイカ漁船に続いて、20万隻が一斉休漁した日。日本列島の漁港は停泊している漁船で静まりかえった。漁船から「はたらけど はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり ぢっと手を見る」と嘆く石川pケ木のつぶやきが聞こえて…▼少なくとも半世紀ほど前までは、野菜類は朝早く畑から採って、魚介類は前浜で獲ってきた。特に魚は築港(防波堤)に竿をたらして釣った。小魚をやると、きれいに食べる野良猫から、頭から尻尾まで残らず食する“魚の食べ方”を教わったものだ▼せいぜい小型船で近場の海に出ていたが、魚介類の利益を追求する“流通の仕組み”が拡大されるに従って、大量の燃料を必要とする漁法に。石油だのみの日々だから、燃料高騰によって北の漁場は大荒れ。「働けど働けど…赤字が増える暮らし」に▼潮風を受けて、波に揺られて、働きづめに働いて稼ぐのが海の男たち。そんな男たちが「海のストライキ」。魚を獲ってこなければ、消費者の魚離れを加速させるリスクも抱えながら、苦しい心境だろう。漁師の3割までが廃業の危機にあるという▼燃料高による休漁はフランスやスペインでも相次いでおり、EUは休漁補償を中心に3000億円の緊急対策を打ち出した。休漁が続けば消費者の台所が四苦八苦するのは必至。「近海の旬の魚介類を食卓に」を目指し、計画的な魚食文化を構築する政府の政策がほしい。(M)


7月16日(水)

●〈あはれ秋風よ情(なさけ)あらば伝へてよ〉と始まる「秋刀魚の歌」は、男のわびしい胸中をサンマに託して歌った佐藤春夫の詩だ。詩の後段〈さんま、さんま、さんま苦いか塩っぱいか〉はよく耳にする一節だ▼秋が旬のサンマは、初夏から解禁になり、道東沖などで水揚げされる。なじみの居酒屋に行くと初物が入ったと言って塩焼きにしてくれた。脂(あぶら)の乗りがいまひとつと板長は言うが、苦みを持つ内臓ごと新鮮な味を楽しんだ▼サンマは体に良いとされる不飽和脂肪酸を多く含む。値段も手ごろだから家計にとってはうれしい魚だ。塩焼きのほか、じっくりと骨まで軟らかく煮込んでもうまい。サンマすしや刺身など生でも味わえる▼この時期、道東の釧路港はサンマ漁船でにぎわいをみせる。それが15日、一斉に休漁した。道南では最盛期のイカ漁を休んだ。全国では約20万隻の漁船が操業を中止したのだからいわば漁師のゼネストだ▼燃料油の暴騰は天井を知らない。先月は重油1リットル102円だった。今月は114円台だ。昨年の2倍にもなっているのだから、「出漁すれば赤字」と嘆く漁師の苦境も限界に達している。なぎの日和をよそに漁師の表情は険しい▼一斉休漁は食卓にもじわりと影響を及ぼす。セリが止まり、出回る魚が減る。魚食民族には恨めしい事態だ。サンマの苦味は大人好みの味わいだが、原油高騰は苦々しいだけだ。(S)


7月15日(火)

●日本酒を1日2合以上飲む喫煙者は、時々たしなむ喫煙者に比べて肺がんを発症する危険性が1・7倍高い―。喫煙による健康被害がまた一つ証明された。欧米並みに1箱1000円まで引き上げようという増税論まで出て、喫煙者は“嫌われ者”に▼かつては「煙草は非行化の第一歩」といわれたが、今は「喫煙は命を縮める」。もちろん未成年者には“禁じられた一服”。そのたばこを自動販売機で買う際に成人認証を行うICカード「タスポ」が全国的に導入された。カードを作る手続きが面倒というが…▼スナックでタスポを置くようになった。コンビニが自販機にタスポをつり下げたり、15歳の息子にタスポを渡した母親もい★た。たばこを吸わないのに息子のためにタスポを取得したという。カードの名義人以外でも買えてしまう★“カードの落とし穴”ではないか▼新潟市内のコンビニで男子高校生3人が7カートン(70箱、2万1000円相当)のたばこを万引きした。商品を買い物かごに入れたまま逃げる「かごダッシュ」という方法で。「タスポが導入され、自販機で買いにくくなったからやった」という▼携帯電話を落とした1人が店に戻ってきて謝ったというが「非行化の第一歩」につながる。子どもにタスポを渡すのは、たばこを渡すのと変わりない。母親の態度ではない。「生活習慣病などの予防のために喫煙は絶対してはいけない」と説得するしかない。(M)


7月13日(日)

●「過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如(ごと)し」は、よく知られているように論語が出典のことわざだ。物事の程度を超えると足りないのと同じで良くないとの意味だ。使う頻度が高いことわざだろう▼小泉純一郎首相のころ、錦の御旗になった「規制緩和」は、どうも行き過ぎの弊害が目だってきたようだ。タクシーの新規参入を事実上自由化してから6年、国は一転して参入規制に乗り出した。背景にあるのは供給過剰である▼新規参入や増車が自由にできるようになった結果、運転手の労働条件が悪化した。タクシー会社は台数を増やして売り上げの落ち込みをカバーしようとする。だが台数増加による競争激化は、運転手の年収にもろに響いた▼規制緩和によって、割引料金の多様化、待ち時間の短縮などのメリットが生まれたのは事実だ。バブルのころに大都市で問題になった乗車拒否はもうお目にかかることはない。むしろ客の奪い合いが生じるほどだ▼利用者にとっては、近い距離でも笑顔で行ってくれる運転手が増えたのはうれしい。しかし、事業者や運転手には悲鳴が漏れていた。緩和の弊害への怨嗟(えんさ)の声が高まっていたのだ▼国はまず、新規参入や増車を事前審査する監視地域を拡大し、次には法改正による規制再強化を目指す。「過ぎたるは…」を自ら認めたわけだ。孔子の教えを思い浮かべていたら、暮改はせずに済んだかもしれない。(S)


7月12日(土)

●突然の大地震に見舞われた中国・四川省で、生徒を置いて逃げ出した先生が、インターネットのブログで心情を告白。いわく「私は勇気のない人間。生死の選択をすべき瞬間では、たとえ母親であっても助けない」▼名前を明かした先生は、匿名社会のネット住民から袋だたきにされた。先生は北京大卒の超エリート。自己犠牲を強要する社会風潮や、美談が先行して報道されなかった学校の耐震強度不足などを指摘した▼ぶれない主張や正直な姿がやがて擁護派を生み、今では賛否両論に分かれているという。自分と他人のどちらの命が大切か。「他人の命」と答えるのは簡単だが、心得と実践が必ず一致するかは分からない▼ところ変わって日本。大分県の一部の先生たちは、子供たちや社会に対し釈明する言葉があるだろうか。昇進や、わが子の採用に便宜を図ってもらう見返りに、金券や現金を授受していた実態が明らかになった。贈収賄のどちらも教育関係者▼夫婦で校長と教頭を務め、娘の採用で金券を贈った容疑者もいる。口利きを受けた学生の点数を水増しし、合格圏内の学生が減点され不合格になったケースもあるという。まじめに勉強した学生がばかを見た▼中国の先生は、言論の保障や哲学的な問いを投げかけたようにも見える。この先生に当初送られた声は「教師失格」「恥知らず」など。大分県の先生にはどんな言葉が送られているのだろう。(P)


7月11日(金)

●当時は鳥インフルエンザの影響で国産の鶏肉が少なく、ブラジル産をすべて国内産と偽装した。ブラジル産は脂が少なく国産と見分けがつかないので、国内産という偽の証明書を張り付けた。大なり小なり業者はみんなやっている▼食糧高騰の今、食糧難にあえぐ国が少なくない。アフリカでは1日1jの生活。かつて“アフリカの食糧庫”といわれ、食糧輸出国だったジンバブエでは、弾圧で農地を離れる農業従業者が相次ぎ、食糧配給は停止状態。農業形態の変化がさらに飢餓を招く▼「食糧備蓄を有する国々は一部を食糧難の国々に提供」。アフリカの7カ国首脳も参集した洞爺湖サミットでは、コメや小麦など主要穀物の生産を増やすためG8の対アフリカ支援を拡充した。英首相は「食料廃棄の無駄を減らそう」と訴えた…▼確かにG8の一部は植民地の豊かな資源を食い物にしてきた歴史がある。地球温暖化問題にしても、新興国から「経済発展のために多くの温室効果ガスを排出してき先進国に責任がある」と批判されたものの、農業生産のためにも「世界で共有」で落ち着いた▼冒頭は学校の給食センターに鶏肉を納入していた食肉販売社長の偽装釈明の弁。悪びれず「業界では偽装は当たり前」とは何たることか。中国産が敬遠され、国産の食材が店頭に並ぶようになった。食糧難に陥らないためにも、安心・安全の食材を提供するのが第一ではないか。(M)


7月10日(木)

●ナチュラルチーズ「さくら」は、十勝管内新得町の共働学舎で5年前に産声を上げた。口に含むとほのかなサクラの香りが広がる。その味わいが評価され、サミットで福田康夫首相が主催した夕食会で首脳たちに振舞われた▼代表の宮嶋望さんはサミットの始まる3日前から会場のザ・ウィンザーホテル洞爺に連日通い、もてなしの準備に忙殺された。最終日の9日、電話に出た宮嶋さんは「認めてもらい名誉なことです」と喜びを語った▼首相主催の夕食会には「さくら」のほかにも道産の優れた食材が使われた。利尻のウニ、網走のキンキ、紋別の毛がになどと共に道南からも函館のコンブが選ばれた。さながら食の宝庫・北海道の味のオンパレードだ▼舌では北海道を堪能したであろう首脳たちだが、サミットの実質的な成果となると見極めが難しい。最大の課題だった地球温暖化対策では、国益がぶつかり合い、温室効果ガス半減の数値目標を見送った▼札幌で開かれた中国、インドなど新興5カ国の首脳会議では、まず先進国が温室効果ガスの大幅削減に取り組むよう求めた。新興国にとっては、削減目標を背負うと経済発展を阻害するとの懸念が強いのだろう▼福田首相にとっては、求めた成果が実らなかったかもしれない。だが北海道に住む私たちは、世界からやってきたメディアを通じ、北海道を知ってもらうチャンスになったとサミットを総括しよう。(S)


7月9日(水)

●家人によく注意される。「買い物袋は持った?」。スーパーへ食料品を買いに出かける前だ。つい忘れがちになる買い物袋を常に携帯するよう念押しされるのだ。ぶっきらぼうに「持ったよ」と答えて家を出る▼買い物袋の携帯が当たり前になる日が函館でも近づいて来たのかもしれない。市は、スーパーなどのレジ袋有料化に向けての議論をスタートさせることになった。市と事業者などで構成する会議が23日、初めて議題として取り上げる▼読売新聞によると、札幌に本部がある「北海道ノーレジ袋を進める連絡会」のアンケートで、有料化に「賛成」は65%に上った。だが買い物の際にレジ袋を「もらわない」との回答は「もらう」の約三分の一の28%に過ぎない▼自宅に買い物袋があっても持参するのは面倒だ。無料だからもらってしまおうというのが、大方の買い物客の心情だろう。しかし、有料になれば家計を預かる主婦でなくても一円でもけちろうと持参が増えるきっかけになる▼北海道洞爺湖サミットの主要議題は地球温暖化対策だ。買い物袋の持参は、ゴミの減量につながり、身近なエコの取り組みにも貢献する。捨てられたレジ袋が風に舞って海を汚染する心配も少しは減るだろう▼市内のスーパーで中年夫婦が、手作りらしいしゃれた布袋に買った商品を入れているのを見たことがある。袋は色違いをふたつ持参していた。印象に残る光景だった。(S)


7月8日(火)

●東京三鷹市の禅林寺は太宰治の墓があることで知られる。毎年6月19日の誕生日には太宰をしのぶ桜桃忌が境内で開かれる。今年も若い人から年配の方まで大勢のファンが入水自殺した太宰の墓前に手を合わせた▼太宰の墓に斜めに向き合うように森鴎外の墓が建っている。鴎外の墓に参る人は、太宰ほど多くはない。明治の文豪は遠い存在なのだろう、桜桃忌の人出は鴎外忌にはない。あす9日は、鴎外の87回目の命日だ▼鴎外は「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」と遺言した。軍人としても軍医総監まで昇進した鴎外は、死に臨んで栄誉や称号を拒絶した。墓も「森林太郎墓」と記されただけの簡素なたたずまいだ▼鴎外の次女で随筆家の小堀杏奴さんが「老年」と題したエッセーに「父は毛筋ほどの老化現象も認められず、少なくとも精神面ではみずみずしい青年のまま死んでいった」と60歳で死の床についた鴎外について書いている▼忘れっぽい、愚痴っぽい、過去についてとうとうとおしゃべりするなどの老化現象をついぞ見せることがなかったというのだ。太宰は、そんな鴎外に憧れがあったのか、同じ寺に葬られることを望み、その通りになった▼太宰は「走れメロス」「人間失格」などがいまもよく読まれている。だが鴎外は優れた作品が多いにもかかわらず、人気では太宰に及ばない。鴎外忌の墓参りはできないが、せめて好きな作品を読み返そう。(S)


7月7日(月)

●七夕は天の川で別離した彦星と織り姫が年に1度、7月7日の夜に出会う中国の伝説。洞爺湖では主要各国の首脳が年に1度出会って、地球環境を語り合うG8七夕サミットが開幕した。これに伴って、高校生から先住民族まで各種サミットも目白押し▼先住民族サミットにはアイヌ民族をはじめ11カ国から17民族が参加。「先住民族の生き方は持続可能な世界につながる最も効果的な道筋」と指摘して、「先住民族の権利に関する国連宣言」の実践、伝統的な暮らしを守る権利の保障などを訴えた▼ケンブリッジ大など14カ国35大学の学長らが参加したG8大学サミットでも「サステナビリティ(持続可能)な社会実現は重要な政治課題」との共通認識を示した上で、地球温暖化による気候変動に科学的な政策を実地することを求めた▼また、七重町大沼の環境保全高校生サミットでは「河川の保全・水質の改善を目的とした研究と実践」「国・地方自治体に家畜ふん尿をバイオガスとして利用するための法律を」など提言。函館水産高校は専門高校生の環境サミットで「魚i。油」の成果を報告▼洞爺湖サミットの会場には函館の縄文人が作った「中空土偶」も特別参加。温暖化対策、食糧・原油高騰、インフレ懸念などについての各国首脳の熱論を見守る。中空土偶は「縄文時代は最低限の食糧を捕獲するなど、自然環境とうまく共存していた」と話し掛けている。(M)


7月6日(日)

●地域の発展を願い、地元ボランティアが歴史絵巻を演じる「函館野外劇」が今年も開幕した。公演は2回増やし12回としたほか、要望の多かった日曜開催を7月27日、千秋楽の8月10日に行う。劇にかけるさまざまな人たちの熱意には敬意を表したい▼野外劇は本年度の「函館市基本構想」に基づく5つの主要政策の一つ「市を代表する心豊かな人と文化をはぐくむまち」の最大の取り組みだ。函館子ども歌舞伎とともに、個性ある地域文化の創造に大きく貢献し、市民の多様な文化芸術活動の発展を支えてきた▼市は予算で援助するほか、劇では高田屋嘉兵衛来函、五稜郭築城場面で職員やOBらが出演している。渡島支庁職員は箱館戦争の榎本軍という重要な役割を演じ、本紙ほか地元の報道機関社員も出演している▼野外劇はそのスケールの大きさ、21年も継続していることから「国内最大規模」とされるまで成長した。地域を支える人たちが地域力向上を願い、協働する力によるところが大きい▼しかし、入場者は昨年までの10回開催で約1万人と伸び悩み、単年度収支は黒字になるかどうかだ。地域力アップのためあと一つほしいのは「見に行き、応援する」こと▼フィナーレでは協働の力と観客がまた一つになり、新井満作詞作曲の「星のまちHakodate」を歌い感動を分かち合い、函館の良さを再認識する。その感動こそが「国内最大規模」の象徴だ。(R)


7月5日(土)

●ニューヨークに住む知人が「最近、マンハッタンの車が減ってきたみたいだ」と電話で話していた。狭い地区にビルが林立するマンハッタンは、車の混雑がすさまじい。それがいくらか緩和されて来たという▼米は日本よりもガソリン価格が安い。知人の話では、1ガロン(約3・8リットル)が4ドル強というから、リッター当たり120円程度。暫定税率が一時廃止された4月のレギュラー価格とほぼ同じだ▼日本から見るとうらやましいが、それでもアメリカ人にとっては高すぎると映るのだろう。それがモータリゼーション先進国でも車の使用抑制の機運につながり、マンハッタンの混雑緩和に表れた▼米では車の販売が大幅に落ち込んでいる。燃費の良さから販売を伸ばしてきた日本車も例外ではなく、ガソリン高の影響を受けている。指標となるニューヨーク先物市場では原油1バレル(約159リットル)が145ドルを超えた▼函館では今月からガソリン価格がまた上がり、レギュラー1リットルが約180円だ。それが車離れを促しているかというと、どうも実感がない。ラッシュ時の幹線道路の混雑は、さほど変わらないように思える▼マンハッタンは地下鉄やバスなど公共交通が整っている。車に頼らなくても目的地に行ける。それに比べ、函館をはじめ道内は札幌圏の一部を除いて公共交通の使い勝手が必ずしもよくない。ガソリン高騰でも車離れは、容易ではない。(S)


7月4日(金)

●「人はいらない。金がほしい」というのが財政難に悩む道の本音か。福田康夫首相が開発局の合理化に言及したことを受け、職員と業務の受け皿に想定される道は、高橋はるみ知事が現状では受け入れがたいと警戒感を示した▼官製談合事件で北海道局長が先月逮捕されて以来、開発局への風当たりはかつてないほど強い。地方分権改革推進委員会の猪瀬直樹委員(東京都副知事)は、開発局の事業を道に移すよう提言、開発局廃止を求めた▼首相発言は、猪瀬提言を念頭に、地方分権論議の中で廃止を容認したと受け止められた。5600人の開発局職員には衝撃だろう。公共事業頼りの道内業者にとっても事業量がさらに縮減すると不安が募る▼開発局は1951年に発足した。当時の田中敏文革新道政に公共事業の権限を握らせず、国の管轄下に置くために設置したとされる。それから半世紀余にわたり、開発局は道路、港湾、河川などの事業を実施してきた▼国は、道をモデルに道州制の試行を昨年からスタートさせた。国の権限の一部を地方に移す分権改革の試みだ。道州制が進めば、開発庁の役割は当然見直しの対象となり、合理化・廃止も視野に入ってくる▼首相発言は、国頼り・公共事業頼りの北海道に自立を促す深謀かもしれない。支庁制度改革ですったもんだした高橋知事はどう受け止めるだろう。「難題を押し付けないで」と逃げるわけにはいかない。(S)


7月3日(木)

●「歴史は夜作られる」とは1937年の米映画のタイトルだ。現行14支庁を9総合振興局、5振興局に再編合理化する支庁制度改革を審議した先の道議会。道の条例案を本会議で可決した時刻は、空も白み始める午前4時20分だった。「歴史は早朝作られる」と言い換えようか▼道議会が日付を越えて徹夜議会となったのは03年3月、堀達也前知事のとき、産廃税条例案が否決されて以来。取材した審議経過の記憶は薄れたが、徒労感をにじませる議員と道職員らの顔は忘れない▼約100年続いた支庁制度を根本的に変える条例だが、江差町をはじめ振興局に格下げとなる支庁所在地、その近隣自治体の反発は根強い。過疎化に拍車が掛かるのは目に見えている。道の財政再建という名の下で、痛みだけを強いられる。そう感じられるから不信感が募る▼そもそも道は、6つの地域生活経済圏を基に支庁再編を考えていたはず。それが昨秋になって「9と5」という案になった。その変遷理由すら判然としない。道の説明不足が、格下げ地域の怒りを増幅させたのは間違いない▼道と地域の亀裂が深い中、その溝を少しでも埋めるような議会論議は行われたか。審議が尽くされた上での“早朝決着”だったのか▼道はここにきて格下げ地域のための「地域振興条例」を持ち出してきた。いかにも唐突に映る。中身も明確ではない。説明責任とは何だろう。(H)


7月2日(水)

●一夜明ければ20円近くも値上がりするのだから、腹立たしさが募る。ガソリン価格がまた上昇し、函館市内のセルフのスタンドがレギュラー1リットル170円台後半の表示に切り替えた。ハイオクは190円近い▼前夜、安売りで名が通ったスタンド前を通りかかると、給油待ちの車が長い列を作っていた。その店の表示価格は160円台。値上がり前に満タンにしておこうと深夜にもかかわらず給油にかけつけたドライバーたちだった▼ガソリン価格はこの半年、変動が激しい。ガソリン税の暫定税率が一時的に廃止された4月は、117円台を付けたスタンドもあった。だが5月には税率復活で150円台にはね上がった▼石油製品の価格を先導するニューヨーク先物市場の原油価格は、いまも騰勢が止まらない。日本の石油元売会社は、出荷価格の引き上げを続け、それが末端に跳ね返る。ユーザーには家計自衛の方法も浮かばない値上げの打撃だ▼今月から値が上がったのは、ガソリンにとどまらない。食用油や加工食品、菓子類も上がった。物価の優等生だった卵も飼料代の上昇が価格に転嫁された。函館市内のスーパーで購入した10個入り卵は200円近い▼大正の米騒動は1918年、富山県の漁民の妻たちが米価の暴騰に抗議したのが発端だ。米の売り惜しみや買い占めが、庶民を苦しめたのが背景にある。石油や穀物に投機資金が流れ込む現代とどこか似ている。(S)


7月1日(火)

●本州では、豪雨被害に見舞われているところもあるが、道南はこのところ暖かな好天に恵まれている。梅雨がないとされる北海道にもぐずぐずと雨が続く年がある。蝦夷(えぞ)梅雨という▼函館市の島谷苔雨さんの句〈降るでなし降らぬでもなし蝦夷の梅雨〉は、前線が居座ってすっきりしない天気を描写している。この句は、函館俳句協会の創立20周年記念俳句大会で入賞した作品のひとつだ▼だが、今年の6月はカラ梅雨模様で過ぎた。函館の降水量は平年の半分以下。晴れて穏やかな日が多かったことは、気象台の速報値からも読み取れる。湿度も平年を下回り、カラッとさわやかな6月だった▼そよ風のようにさわやかな数々のヒット曲を生み出した仏の作曲家レイモン・ルフェーブルが亡くなった。日本を何度も公演旅行で訪れたイージーリスニングの第一人者だ。耳に心地よい演奏は、いまも多くのファンを持つ▼「シバの女王」「白い恋人たち」「夜間飛行」など、どの曲もシャレた雰囲気を漂わせていた。同じイージーリスニングの分野でも弦楽器を中心に楽団を編成したマントバーニとは異なり、明るさと軽さをたたえた演奏だった▼今年も半分が終わり、きょうから月替わりだ。夏至が過ぎ、昼の長さは縮んでくるが、暑さはこれからが本番。そろそろ夏休みの計画を思い描くころだろうか。〈連休やするりと夏を連れて来る〉(青森・江良ツヨさん)。(S)


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