平成21年6月


6月30日(火)

●喜怒哀楽。喜びに似合う音。怒りに似合う音。哀しみに似合う音。楽しさに似合う音。江差追分には尺八の音。神社仏閣の儀式に似合うのは雅楽の音。学生のころ、雅楽を習った。笙(しょう)、篳篥(ひちりき)などの音に魅せられた▼先ほど、ドイツの洞窟で発見された世界最古の楽器は何に似合うのかな。旧石器時代の3万5000年前の笛(直径8㍉、長さ22㌢)。ハゲワシの骨に音階をとる5つの指穴が付いていた。吹き口とみられる端がV字形に切り込まれており、葉など振動板をつけて鳴らしたと推測される▼雅楽で使う篳篥の源流といわれる西域のあし笛、胡笳(こか)に似ているといわれているが、裏にも指穴があれば竹管の篳篥(表に7孔、裏に2孔)の方に近いのでは。籐でつくった帯状を舌で押さえて、縦にして吹くと哀調をおびた音色になる▼最古の楽器は心をいやして感動させるが、反対に怒りを抑え心を静めるのが「モスキート音」。20代前半までの若者にしか聞こえない高周波音で不快な金属音。公園などの「たむろ防止」に使われている。旧石器時代は迷惑行為などなく、こんな高周波音は必要なかった▼マンモスを狩って洞窟で肉を食べ、ハゲワシの笛を吹いて“喜怒哀楽”を興じた。メロディーも付いていただろうか。七夕など夏祭りの「文月」が始まる。笛や太鼓が響く。五稜郭からは野外劇「星の城、明日に輝け」の大音響。(M)


6月29日(月)

●1994年6月27日に発生した松本サリン事件から15年。今月27日には、犠牲者の遺族が長野県松本市の現場を訪れ、息子や娘のめい福を祈った。沈痛な面持ちで花をささげる父、母。ニュース映像を見て、事件が風化していない現実を実感した▼事件当時、警察やマスコミは混乱を極めた。全国紙の松本支局にいた先輩記者は後日、このときの惨状を幾度となく語ってくれた。事件直後に犯人扱いをされた河野義行さんのことも聞いた。容疑が晴れた後の河野さんは函館にも何度か足を運び、講演している。主題は「冤罪゜(えんざい)」について▼河野さん夫妻の15年を題材にしたドラマ「妻よ! 松本サリン事件犯人と呼ばれて」(フジテレビ)が、26日に放送された。河野さんの妻もサリンの被害に遭った。にもかかわらず河野さんが加害者にされたのはなぜか。事件報道の在り方をあらためて考えさせられた▼時を同じくして東京高裁が、足利事件で再審決定を下した。幼児殺害事件の犯人として服役していた菅野利和さんはすでに釈放されている。それでも菅野さんの気持ちは晴れないという。未成熟な当時のDNA鑑定を証拠とした警察側、有罪判決を下した裁判官への不信は簡単には消えない▼再審の場では冤罪が生み出された原因の究明を強く望みたい。菅野さん、そして河野さんに期せずして光が当たったこの夏は、冤罪について再考する夏でもある。(K)


6月28日(日)

●マイケル・ジャクソンの「スリラー」が発売されたのは1982年の冬。中学生だった私は少ない小遣いを握り締め、前評判の高かったこのアルバムを購入するか迷ったあげく、結局手に入れたのは女性アイドルの作品だった▼その後「ガール・イズ・マイン」「ビリー・ジーン」「ビート・イット」と、シングルカットが次から次に大ヒット。アルバム自体も記録的セールスを打ち立て、「あの時どうしてスリラーを買わなかったのだろう」と悔しい気持ちになったのを覚えている▼当時はまだLPの時代で、1枚2500円は学生にとっては高価な買い物。ようやくCDのスリラーを入手したのは大学生になってから。ほとんどのナンバーがシングルカットされ、聞き覚えのある曲ばかりにもかかわらず、アルバム全体を通した完成度の高さをあらためて痛感。なにより、踊れてハッピーで心地いいサウンドと、泣かせる歌声との絶妙なバランスが見事だった▼しかしこのアルバム以降、彼の音楽から“ハッピー”な部分が姿を消し、攻撃的で陰惨な部分が目立ってくる。美しいバラードからも切ない孤独感が伝わってきていた▼数々のスキャンダルによって、彼の周りから多くの人たちが離れていった。その一方で利権に群がる連中も絶えなかったという。名声と引き換えに失った代償はあまりにも大きかった。今ようやく彼に平穏が戻ったのかもしれない。(U)


6月27日(土)

●プロ野球の北海道日本ハムファイターズの注目度が高まっている。チームはセ・パ交流戦で勝ち越しを決め、リーグでも首位をキープ。NHKのスポーツニュースが強さの秘けつを探る特集を放送したのに続き、各メディアが「常勝・日ハム」をそれぞれ違った切り口で取り上げ始めた▼その1つが週刊現代(7月4日号)の「日本ハムファイターズの大研究」。サブタイトルに「理想のチームはこう作られた」とある通り、ここでは技術面だけでなく、球団側による選手育成の秘策の数々にスポットを当てている▼具体的には「主役と脇役」「無名の人材の発掘」「配転の妙」「管理と育成」など。日ハムは徹底したファンサービスで老若男女の観客動員に成功したことでも知られるが、記事ではその方法論にも踏み込み、興味深い▼7月4、5日には函館市千代台公園野球場で日ハム—福岡ソフトバンクホークスの公式戦が行われる。始球式では函館養護学校の児童・生徒が登場する予定という。今から練習に余念がない子どもたちにとって、一生の思い出と励みになることだろう▼これなどはファンと球団が一体となった取り組みの一例に過ぎない。さらに選手を加えたトライアングルの相関関係は、さまざまな分野にある種のヒントを提示している。会社運営もその1つ。そういえば週刊誌の片隅に「全企業人必読」とあったような。(K)


6月26日(金)

●一己(いっき)ちゃんが23日に亡くなった。1歳3カ月だった。横浜市の自衛官山保幸己さんの長男。山保さんが十勝管内豊頃町出身だったことから、帯広勤務のときに記事作りにかかわった。家族を身近に感じていただけに、悲報のショックは大きかった▼一己ちゃんの病気は突発性拡張型心筋症。国内では15歳未満の臓器提供が認められていない。米国で心臓移植を受けた。多額の治療費を賄うため、全国各地で2回目の募金活動が始まった矢先の死だった▼臓器移植法改正案が先に衆院を通過した。可決されたのは15歳未満の臓器提供を可能にする「A」案。皮肉なもので、一己ちゃんの死と前後して、幼児の命を国内で救うための道筋ができたことになる。同様の境遇に置かれている患者家族の多くは「A」案通過を歓迎しているという▼この一方で、移植緩和に慎重な人たちも少なくない。脳死を一律で「人の死」とする判断に、若い母親が憤りをぶつける。「私は死体を育てているということですか」。テレビ番組のインタビューに答えるその横には、脳死判定後も成長を続ける幼い子がいた▼2000年11月、市立函館病院で道内初となる脳死下臓器提供が行われた。その後の院内論議のコンセプトは「患者、家族の臓器提供の意思を最大限に尊重する」。当然のことだが、今回の改正法も当事者それぞれの切実な思いが反映されたものであってほしい。(K)


6月25日(木)

●函館市議会の一般質問を数年ぶりに傍聴した。市民が自由に入ることができる傍聴席には5人の先客がいた。みんな真剣な表情で聴いている。身を乗り出し、しきりにメモを取る姿も。その熱心さにまず感心させられた▼議員と市理事者のやり取りによっては、不覚にも睡魔に襲われることがある。議員個々の技量にもよるのだろう。ちなみに論客と呼ばれる議員の質問は眠くならない。メリハリが利いた論戦は耳に心地いいし、何よりも実のある答弁を市側から引き出してくれることが多い▼さらに緊張感を与えるのが傍聴者の存在だ。論議に耳を傾ける人がいるかいないか。それだけで議場の空気は一変する。傍聴する市民はここでは「第三者」ではなく、議会の「主役」と言ってもいい。こうした雰囲気の中では不思議と居眠り議員の数がぐっと減る▼傍聴したこの日も聴き応えのある論戦が繰り広げられた。函館市議会で取り入れている一問一答形式だと、2、3回目以降の質問で時に議員のアドリブ発言が飛び出す。その追及に西尾正範市長も原稿を持たずに応じる。丁々発止のやり取りは予想外の展開を生むことがあり、これが議会のだいご味でもある▼言葉は悪いが、自分が選んだ議員の働きを「監視」する。これも市民に課せられた義務の1つではないだろうか。傍聴の受け付けは市役所8階で氏名、住所などを書き込むだけ。みんなで議会に行こう!(K)


6月24日(水)

●古く強圧的な因習が残るフランスの女子感化院。何度も脱走して感化院に連れ戻される少女。厳しい懲罰でしか管理できない舎監たち。中央官庁から派遣された若い女性院長は少女たちの不満を聞き、改革に乗り出す(仏映画「格子なき牢獄」)▼少年少女の矯正教育に体罰(暴行)は必要ない。少年院は家庭裁判所で保護処分された少年に矯正教育を行う施設。少年の必要に応じた教科指導や職業訓練を通じて社会生活に適応させるのが目的。先ほど、悪質な暴行を加えた広島少年院の教官4人が逮捕された▼少年にオムツをはかせ在院者に見せたり、トイレに行かせず失禁させたり、「これを飲んで死ね」と洗剤を押し付けたり、腹などを殴って転倒させ両手で首を絞めたり。少年が「何でも暴力で押し付けるのなら、死んだ方がましです」と反論すると「じゃあ、死ね」と暴言▼暴行を受けた少年が別の教官に訴えて発覚。暴行を受けた少年は収容者(約100人)の半数とも言われる。こんな誤った教育を受けて社会復帰しても心の傷跡は消えない。広島少年院は新しい矯正教育のモデルだった▼70年前の「格子なき牢獄」で新院長役の女優は透き通るような美貌のリュシェール。パリで保身のためドイツ軍高官の愛人となり、対独協力の罪で丸坊主にされ、獄中で29歳の若さで死去。「罪よりも教育を。院内の鉄格子をすべて取り払いましょう」と、叫んで。(M)


6月23日(火)

●辻井伸行さんの、バン・クライバーン国際ピアノコンクール優勝の興奮がいまだ冷めやらない中、またしても日本人ピアニストに関するビッグなニュースが飛び込んできた▼ロンドンを拠点に世界的に活躍する内田光子さん(60)が、イギリス政府から男性の「ナイト」にあたる「デイム」の称号を授与されることが発表された。これまで日本人で同等の称号を受けたのは、ソニー創業者の盛田昭夫氏やトヨタの豊田章一郎最高名誉会長などの経済人が中心で、女性の芸術家としては初の快挙▼日本で生まれた内田さんは、父親が外交官だったため12歳でオーストリアに渡ると、ヨーロッパを中心に数多くのコンクールで上位入賞を果たす。中でも1970年のショパン国際コンクールでの2位入賞は、現在に至るまで日本人の最高位だ▼しかし彼女の本当の戦いはここから始まる。輝かしい受賞歴を持ってしても活躍の場に恵まれず、自主演奏会を中心に地道な活動を展開。しだいにモーツァルトのスペシャリストとして名声が高まると、80年代に発表したピアノソナタと協奏曲の全曲録音の世界的大ヒットで不動の名声を確立した▼近く行われる授与式では、ゴルフのニック・ファルド氏や俳優のクリストファー・リー氏などそうそうたるメンバーとともに、エリザベス女王から直接勲章が渡される。日本女性の輝かしい活躍に心から拍手を贈りたい。(U)


6月22日(月)

●オホーツクを訪れた際、民宿でタラバガニを食べた。主人が説明してくれた。「アブラじゃなく本物のタラバだから高いよ」▼タラバと思って買って食べているものの中には、アブラガニも混じっている。ひと目では分からないが、甲羅の突起の数などで分かるという。アブラの方が安いが、味の違いまで見分けられるかは微妙だ▼ベニズワイガニを使っているのに「ずわいがにコロッケ」と称して販売していた会社に、公正取引委員会が排除命令を出した。ベニズワイの値段はズワイの10分の1ほど。ズワイは松葉ガニ、越前ガニなどの名が付く高級品だ▼商品や産地を偽装して販売する例は後を絶たない。生産量よりも流通量が多いと指摘される品目に、ブランド米や和牛、銘酒などがある。3月には但馬牛と宣伝しながら他の国産和牛を混ぜて提供していた焼き肉店が排除命令を受けた。外国産ウナギを国産と偽って販売した業者も何度か逮捕されている▼食の安全に対する消費者の目が厳しくなったという声もあるが、その一方、ああまたかというあきらめの気持ちになるのも事実。そこに付け込み、業者側の安全基準も徐々にまひしているのではないかと危ぐする▼ブランド品がすべて極上の味とは限らず、ブランド信仰が値をつり上げているケースもある。正々堂々と勝負してはどうか。この不況、おいしくて安くて安全なら消費者はきっと購入してくれる。(P)


6月21日(日)

●毎年この時期は必ず、カメラバッグに入れる乾燥剤を買う。湿気でカメラにカビが発生すると大変だからだ。北海道には梅雨がないと言われるが、海に囲まれた函館は6月から8月にかけて、全国的にも湿度が高い地域なのである▼気象庁のホームページを見ると、函館の1カ月平均の相対湿度は6月は80%、7月は83%、8月は82%。都道府県庁がある都市で、この3カ月すべてが80%を超えるのは、仙台、水戸、宮崎の3カ所のみ。道内では江差、帯広もである▼北海道に梅雨がないとされるのは雨が少なく、気温も低いから。函館も同様で適度な風があり、むし暑さを感じることはないが、前線が近づいた時、北海道に居るとは思えないじめじめさに襲われる▼食べ物や服、楽器にとって湿度は敵だが、インフルエンザウイルスにも敵のようだ。湿度が上がれば水分が付き、重くなって空中浮遊ができず、空気中の数が減るという▼適度な湿度も夕方から気温が下がれば霧となる。函館の11日の夜は湿度が90%を超え、元町周辺は夜霧に包まれた。明かりの色が空気に反射し美しいが、歩くほど体が湿り、身が重くなっていくようだ▼現在は津軽海峡の夜空で青白い光が反射している。イカ釣り漁船のいさり灯が反射しているのである。この光景が見られると、函館の夏の到来を感じる。同時に海に挟まれた西部地区にある家では2台の除湿機がフル回転を始める。(R)


6月20日(土)

●「この、お乳とお乳のあいだに、涙の谷。この『涙の谷』が夫婦喧嘩の導火線だった」 生誕100年と言うので、繰り返し「子供より親が大事、と思いたい」というフレーズが出てくる太宰治の『桜桃』を読み返してみた▼結婚って何だ、家族って何だ、親子って何だ。こんな疑問を悲しく軽妙に描き、死後に刊行された作品。家族のことを想う一方、「私は確信したい。人間は恋と革命のために生まれてきたのだ」と明言するように、恋多き作家でもあった▼芥川龍之介の自殺に強い衝撃を受けたといい、井伏鱒二師事していた時、銀座の女給と江ノ島に投身、太宰だけが助かった。この心中未遂を書いたのが『道化の華』。39歳の時には愛人と失踪。6日後(6月19日)に玉川上水で遺体で見つかった。皮肉にも誕生日だった▼「幸福の便りというものは、待っている時には決してこないものだ」と言い張っていた太宰が、家族のほかに走った恋を懺悔したのが、これまた死後刊行された『人間失格』なのだろうか。「生まれて、すみません」という文章を残して▼遺体が発見された日を『桜桃忌』と名付け、毎年フアンらが墓参している。『人間失格』の文庫版は累計630万部出ているという。生誕100年のイベントとして、20日には「太宰治検定」を実地。「お経の文句の四字熟語を使った随筆の名前は」という問題も出るかな(答えは『如是我聞』)—。(M)


6月19日(金)

●函館のそばの3大特徴をご存じだろうか。「値段が安い」「量が多い」「めんが長い」。地元の人には当たり前と受け取られているようだが、観光客や転勤者は決まってびっくりさせられる。一杯のそばを食べ終えるまでに三度もだ▼市内のそば屋で盛りそばを注文した。一杯400円。つい数週間までは前任地で600円以上も出して食べていた。今どきワンコインで釣り銭のくる昼食は限られている。おまけに量も多い。100円を足して大盛りにすると、おなかは十分に満たされる▼さて、「長さ」についてだが、はしでつまんだそばを天井に向けて持ち上げても、切れ目の部分はまだ着地したまま。機械打ちの特徴である。手打ちではその日の必要量に追いつかないし、手間ひまを考えると値段を上げざるを得ない。機械には機械の良さがある▼あるそば屋で聞いた話。「値段の安さと量の多さは日雇いさんや漁師向けのもので、昔からの習わしが今に引き継がれている」。長いめんに関しても興味深い話をしてくれた。そばつゆの入ったちょこを持ち、その人さし指を使ってちょうどいい長さに切る。これが函館流の食べ方という▼厳選した道内産のそば粉と手打ちの技術。これはこれでおいしいが、「高級そば」になってしまっては老若男女がいつでも手軽にというわけにはいかなくなる。見掛けは悪くても、函館には「庶民の味」が今も息づいている。(K)


6月18日(木)

●函館市内の調剤薬局でのやりとり。「出来上がり次第ご自宅までお届けします」「えっ、薬を届けてくれるんですか」—。前任地では、病院内で薬を受け取る「院内処方」に慣れていた。それだけに今回の「宅配」の申し出に驚くやら恐縮するやら。「院外処方」に欠かせない調剤薬局のサービスもここまできたか、というのが実感だった▼ここで言う「宅配」には一定の条件がある。例えば病院で処方された薬がその薬局になく、取り寄せが必要となる場合。薬が出来上がるまでに長時間を要するケースもこれに該当する▼サービスの内容は調剤薬局によって異なる。共通するのは「(患者に)満足してもらえる情報をいかに提供していくか」(内山崇・函館薬剤師会常務理事)という基本姿勢だ。自分や家族が服用する薬のことで分からないことがあれば、遠慮なく調剤薬局に相談することをお勧めする▼改正薬事法が今月、施行された。新設の「登録販売者」を置くことで、副作用のリスクが少ない大衆薬をコンビニエンスストアなどが販売できる。時間帯を問わずに薬を買い求めることができるという点では非常にありがたい▼短絡的な言い方になるが、自由選択の幅が広がることで消費者の利便は増す。薬もしかり。調剤薬局の数が多い理由もそこにある。薬局選びや薬の買い方は自分で決める。自由な分、責任も大きい。(K)


6月17日(水)

●“学園かぜ”ともいわれる新型インフルエンザが日本に広まって1カ月経った。当初は「猛毒性のウイルスだ」とパニックを引き起こし、風評被害も出た。弱毒性と分かったものの、ついに道内でも3人の感染者が出た▼関西の感染者は高校生ら8割が10代で、研修旅行など活動的な分、感染する確率が高いのか。新型のウイルス(H1N1)から人に感染しやすくなる原因とみられる変異が見つかり、「人から人」への継続的な感染が確実となった▼道内の感染者は20代の男女2人と70代の男性。3人ともハワイ旅行の帰りで、70代の感染者は全国で初めて。函館でも20代の女性が感染を疑われたが、季節性インフルだった。保健所には「ハワイに行ったが大丈夫か」の相談が相次いでいる▼これで国内の感染者は成田空港の検疫で確認された10人を含め619人(16日現在)。冬を迎えた南半球に拡大しており、世界保健機構(WHO)は警戒レベル最高の「フェーズ6」のパンデミックを宣言、ギリシャ語のパン(すべて)とデミック(人々)から「すべての人が感染する」と警告▼1カ月の新型インフル旋風で、湯の川温泉をはじめ道内の旅館・ホテルをキャンセルした観光客らは3万3000人を超え、観光産業への影響は1億7500万円に上った。秋口からの「第2波」では国内で数千万人が感染するといわれる。うがい、手洗い、マスクを忘れないで。(M)


6月16日(火)

●「天下り」という言葉がある。「下の者の意向や都合を考えない、上からの一方的なおしつけ」(広辞苑)。決して褒められた行為ではないが、それだけなら身近な事象として珍しいことではない。しかし、これが「天下り人事」となると、意味合いが多少変わってくる▼函館市役所を退職した幹部職員が、地元の経済団体や第3セクターの要職に就くケースが増えている。行政マンとして培った人脈やノウハウを、一線を退いた後に社会還元する。これ自体を否定するものではないし、実際、立派に活躍している人も少なくない▼ただし何事にも程度というものがある。そこから逸脱した人事は、一般市民には奇異に映る。地元経済界はそれほど人材不足なのか。あるいは生え抜きの優秀な人材を地元経済の中枢から排除しようというのか。そんな勘ぐりさえしたくなる▼市と経済界の関係がぎくしゃくしているという。一連の人事をどちらが主導したのかは分からないし、知る必要性もない。ただ、仮に双方関係者間の個人的な相性とか前回市長選のしこりがいびつな人事を生んでいるとすれば、市民にとっては不幸なことだ▼地元経済に閉塞(へいそく)感が漂う今こそ、政経の強い連携が求められている。双方がけん制しあっている場合ではない。大所高所から手を携え、不協和音を払しょくする。市民の期待に応えるためにも、ぜひそこから始めてほしい。(K)


6月14日(日)

●弱冠20歳のピアニスト辻井伸行さんが、世界最高峰のピアノコンクールのひとつ「バン・クライバーン・コンクール(米国)」で日本人初の最高位に輝いた快挙は、1週間たった現在も日本国内に歓喜の旋風を巻き起こしている▼すでに発売されている辻井さんの2枚のCDアルバムは店頭から姿を消し、レコード会社には1日で万単位の追加注文が殺到するなど、クラシック作品としては異例の売り上げを伸ばし続けている▼クラシックの演奏家に華々しいスポットライトが当ることは、音楽ファンの一人として素直にうれしい。ひとつ気になるのは、辻井さんが“盲目”であるという事実がクローズアップされすぎているように感じること▼盲目の演奏家は、自ら楽譜を読むことができないという大きなハンディを背負う。辻井さんも、母親をはじめ多くの人たちのサポートによってここまでの道のりを歩いてきた▼「苦難を乗り越えつかみとった栄光」という筋書きは、確かにドラマチックでインパクトがある。しかし辻井さんが聴衆に伝えたいのはこのような苦労話ではなく、自らが奏でる音楽そのものであるはず▼今回のフィーバーが感動的な成功物語として、日本人特有の一時的な盛り上がりに終わってしまうのは寂しい。若手ピアニストが、世界に通用する可能性を認められた記念すべき第一歩として、これからの成長を長い目で見守っていきたい。(U)


6月13日(土)

●月に帰る「平安のかぐや姫」が残していった不老不死の秘薬を竹取の翁(おきな)や嫗(おうな)、帝(みかど)が飲んで長生きしていたら、任務を終えて月に帰った「平成のかぐや姫」を見て「よくやった」と感動することだろう▼月探査機「かぐや」は2年前、子機「おきな」とともに打ち上げられ、600日余に及ぶ宇宙の旅。赤外線やX線のセンサー、レーザーなど「14の目」で観測、最初に送ってきたのは「地球の出」などのハイビジョン映像。美しい瑠璃色の地球に見入った▼ウサギがモチをついているように見える「晴れの海」「雨の海」「静かの海」など平らな部分や直径90㌔の大クレーターも。今年2月から高度を下げて、月面落下直前に送ってきたのは超低空から撮った迫力あるクレーターの映像▼月面の裏側も初めて観測。クレーターの数などから火山活動が約25億年前まで続いていたことも突き止めた。かぐやからの貴重なデータの電波は11日で途絶えたが、近くこのデータを盛り込んだ「月球儀」が作られる▼ガリレオが月のクレーターを観測してから400年。アポロ11号の船長らが月面に降り立ってから40年。月探査の旅には仙女伝説から名付けた中国の「嫦娥(じょうが)」などが続いているが、竹取物語のように多くの人に育てられ、温かく見守られた「平成のかぐや姫」は、今ごろ「平安のかぐや姫」と抱き合っていることだろう。(M)


6月12日(金)

●「函館のまちは変わりましたか」。会う人ごとに聞かれる。ほぼ6年ぶりの函館勤務。「それほど変わっていないのでは」と答える一方で、ここ数日の出来事が頭をよぎる。懐かしい思いに駆られ、まちを一回りしたときのことだ▼当時行きつけだった大門地区の居酒屋が店じまいしていた。シャッターが下りていたのはここだけではない。塩味が絶品だったラーメン店、毎日のように足を運んだ書店…。激動の経済情勢の中、これらはほんのささいな変化なのかもしれない。それでも、愛着のあった「庶民の味方」が姿を消すのはやはり寂しい▼いい意味での変化もある。丸井今井函館店が整理の対象から外れて生き残った。創業140周年を迎える老舗百貨店の棒二森屋が改装オープンし、初日には開店前から約400人が列をつくった▼街並みも変わった。6年前は未整備だった市中央図書館、JR函館駅前の広場、函館空港の新ビルなどが完成し、高さの増した五稜郭タワーの威容にも驚かされた。将来を見据えた都市整備が着々と進み、新時代の函館の姿に頼もしさを感じる▼言うに及ばず、古き良きものと新しいものが混在し、調和が保たれているのが函館の魅力だ。単純な新旧交代では意味がない。消えていく老舗店と、住民が求める新しい都市機能。そのはざまの中で、「函館らしさ」にどう折り合いをつけていくか。今がその正念場ではないか。(K)


6月11日(木)

●〈象潟や雨に西施がねぶの花〉は、松尾芭蕉が秋田県象潟で詠んだ句である。元禄2年(1689)、「奥の細道」の旅の途上、象潟に着いた芭蕉は雨に煙る合歓(ねむ)の花を中国の絶世の美女西施に見立てた▼西施は紀元前5世紀、春秋時代に生まれたとされる。唐代の詩人李白や宋代の蘇東坡が、その美しさを詩に歌ったことから日本にも伝わった。芭蕉の一句は、そうした故事を念頭において詠まれている▼雨の季節になるとこの句が口をついて出るのは、高校古文の授業で習った記憶がよみがえるからだ。呉国を滅ぼす遠因となった傾国の美女と雨に濡れる合歓の花の取り合わせは、絵画にもなる風情をたたえる▼花を濡らす雨が詩人の心に感興をもたらすのは、いまも変わらない。函館日日新聞記者で作詞家として名を成した高橋掬太郎は「雨に咲く花」のタイトルで大ヒットを生み出した。その足跡は函館市文学館でたどることが出来る▼高橋の詩は、愛する人との別れの悲しさを雨に濡れて咲く花に例えた。なるほど雨が似合う花の代表は紫陽花だが、合歓にしても花菖蒲(しょうぶ)にしても見様によっては寂しさを包み込んで雨に打たれている▼本道を除き列島全体がきのう梅雨入りした。梅雨がないとされる本道にも蝦夷(えぞ)梅雨の長雨がやって来るかもしれない。この季節、雨にまつわる詩や歌を思い浮かべ、花を眺める心の余裕を持ちたい。(S)


6月10日(水)

●空からオタマジャクシが降ってきた(石川県七尾市)。本来なら空中に舞い上がらない生物・無生物が降り注ぐ奇怪な現象を「ファフロッキーズ(空からの落下物)」と呼ぶが、原因を巡って、ちょっとした物議を醸し出している▼先日、駐車場の車や地面にオタマジャクシが降ってくるのが目撃された。その数100匹。同県白山市でも30匹。ファフロッキーズ現象は竜巻説が有力だが、当日は発生しておらず、強風がオタマジャクシを巻き上げ、別な場所に降ろすことは考えられない▼子どものころ、アマガエルが裏の小さな池のそばに立つ高さ3メートルほどの木の枝にリンゴ大の白い泡に卵を産み付け、数日経つとオタマジャクシが池に落ちるのをよく見た。このようにオタマジャクシが降るには、近くに“水”があることが条件▼ファフロッキーズ現象は紀元前からあるという。20世紀では、フランスでカエルの雨が2日間も降り続き、オーストラリアでは1000匹のイワシが降りそそぎ、アメリカでは数カ月にわたり石の雨。日本でも宮崎県で小石の集中降雨を受けている▼今、オタマジャクシ(カエル)の好きな田んぼや池が減った。今回降ってきたオタマジャクシは「カラスなど鳥が吐き出した」とか、「局地的な突風で空に飛ばされた」とか、騒がれているが、小さな体で人為的な環境破壊や地球温暖化に大きな警告を発しているのかも知れない。(M)


6月9日(火)

●観光は究極の平和産業と言われる。なるほど紛争や戦乱の地には、観光客は足を踏み入れない。今回の新型インフルエンザや、2002年に発生した新型肺炎のように感染症の流行地も観光客には嫌われる▼観光産業を成り立たせるには、夜中に出歩いても身の危険を感じないですむことや病気にかかる恐れがないことは、必須の条件だろう。治安が安定し、清潔な日本は、その点で申し分のない観光適地だ▼函館・道南には、観光客を引き付ける多くの魅力的な資源がある。多彩な人物が活躍した歴史遺産、海と山を持つ風光、食と温泉などだ。もちろん観光客をもてなすホスピタリティの豊かさも引けを取らない▼それなのに函館を訪れた観光客は、昨年度456万人と過去10年で最低になった。ピークの98年度は539万人だったから10年間で83万人の減少だ。500万人台回復が遠くなる。なぜだろう、と首を傾げたくなる長期低落だ▼観光の好不調は、経済情勢にも左右される。景気の悪化や所得の落ち込みが、観光需要に影を落としているのは否めない。さらに青函高速フェリーの運休や航空便の減便、ガソリン高などが観光客の足を遠のかせたのだろう▼きょうは「ろ(6)でん(10)」の語呂合わせで路面電車の日だ。道内で路面電車が走るのは札幌と函館だけ。観光需要を回復するきっかけに地域資源を総動員する。路電もその貴重なひとつだと思う。(S)


6月8日(月)

●日本仏教の両雄といえば、天台宗の最澄と真言宗の空海がいる。ともに平安初期、遣唐使として中国に渡り、最澄は天台山で顕教と呼ばれる経典を中心に学び、空海は長安で密教を学んだ▼病気平癒や国家安穏の祈願などで用いられる密教。空海はそれが中国仏教で流行していることを察し、高僧から秘法を受け、経典を集めて帰国した。最澄も密教を学んだが、修得が足りなかったと感じたのだろう。空海に弟子を送り、自らも教えを受けた▼しかし、二人の交流はやがて断絶する。経典の拝借を願う最澄に対し、空海は、厳しい修行の中でしか密教の奥義は極められない、との考えだったようだ。いつの時代も、偉大な才能を持つ者同士は同じ舞台で刺激を受け合い、やがて確執が生まれる▼比叡山の天台座主が、1200年ぶりに高野山の座主を訪れることが決まった。仲たがいをしていたわけではないが、宗祖同士の「別れ」以来、天台側からの公式な訪問記録はないというから、歴史的な出来事だ▼世界では宗教間の対立が招く戦争が絶えない。そうした中で天台宗は近年、比叡山宗教サミットを開き、宗教が果たすべき融和や平和を世界に訴えている。比叡山には日本仏教や世界宗教を導く伝統と権威がある▼比叡山と高野山は、日本中世を統治する権門の一つだった。いま再び、両宗が何かメッセージを発せられないだろうか。歴史的訪問に期待したい。(P)


6月7日(日)

●コップの中の嵐で終わるのか、コップからはみ出す大乱になるのか。日本郵政の西川善文社長の続投を鳩山邦夫総務相が「認めない」とはねつけている問題は、落としどころの見えない突っ張りあいの様相を深める▼日本郵政を巡っては、「かんぽの宿」をオリックス不動産に一括売却しようとした問題が、クローズアップされた。簡易保険の資金を使って建設されたかんぽの宿は、いわば国民の財産だ▼その入札手続きが不適切として総務省が業務改善命令を出した。郵政民営化を検討した当時の総合規制改革会議議長は、オリックスグループ最高経営責任者の宮内義彦氏。関連企業への売却は「出来レース」との疑いも浮上した▼不透明な経営の責任を取って西川社長は辞めるべきだというのが、鳩山総務相の態度だ。だが、民営化を支持した自民党議員からは、逆に総務相更迭の声が上がる。それを突っぱねる総務相との間に党内バトルが続く▼事態収拾へ麻生太郎首相の指導力は見えない。総務相を更迭すれば、内閣の命取りになりかねない。かといって、ぐずぐずしていると中川秀直元幹事長ら民営化支持の議員たちに麻生降ろしの口実を与えかねない▼日本郵政の株主総会は29日だ。認可権限を持つ総務相が西川氏の再任をあくまで認めないなら、株主の政府との間に大乱が起きかねない。高みの見物を決め込む野党の視線を受けて、さてどんな決着を図るか。(S)


6月6日(土)

●釣りをするお父さん、野球をするお父さん、滑り台のお父さん…。本紙が「父の日」に募集した「お父さんの似顔絵」入賞作には「ビールを飲むお父さん」はいたが、以前のように「タバコを吸うお父さん」の絵はなかった▼元祖タバコ王国はキューバ。キューバのタバコの匂いは白人女性が悲鳴をあげるほど強烈。517年前に、クリストファー・コロンブスがキューバから奪ったものは黄金だけではなく、タバコもだった。持ち帰ったタバコはわずか1世紀で世界に広がったという▼ある教誨(かい)師から「かつては死刑執行の前にタバコを一服吸って、念仏を唱えながら絞首台へ」という話を聞いた。小生も仕事が忙しい時、イライラした時など、吸うと心の乱れが落ち着いたが、肝硬変寸前になってドクターストップ。“死の煙”を断ち切った▼健康上の理由のほかに、勤務先の倒産を機に経済的に追い込まれ、禁煙した30代男性もいる。本紙によると、ニコチンやタールを含まない「電子タバコ」がじわり浸透しているようだが、「吐くのは水蒸気とはいえ、不快感を与える」と不評▼最近はタバコを吸うお母さんも多い。吸い殻を公園の遊具の下や側溝に捨てたり、運転しながら車の窓から“ポイ捨て”の若い女性も目立つ。国民総幸福主義(GNH)のブータンのように「禁煙国家」にしなけれぱ。「禁煙週間」は「禁煙年間」に吸い替えたい。(M)


6月5日(金)

●松本清張のベストセラー小説「点と線」には、函館が登場する。九州博多で起きた心中事件の犯人と目された男が、犯行の時間には北海道にいたと手帳を確かめながら刑事にアリバイを語る場面だ▼「連絡船は14時20分に函館に着きます。これも根室行の急行に接続があります。14時50分発の《まりも》です。札幌には20時34分に到着しました。…」。時刻は小説が発表された前年、1957年のダイヤに基づいている▼函館と青森を結んだ連絡船は、津軽海峡線が開通した21年前に廃止された。函館から根室までの長距離急行もいまはない。小説を読むと当時は函館・札幌間が急行で約5時間半かかったことが分かる。現在は特急で3時間半だ▼社会派推理小説と言われるジャンルを切り開いた清張は、今年生誕100年を迎えた。亡くなってから17年になる。中年以降の世代なら清張作品に夢中になった時期があるだろう。いや、若い人たちにも底堅い人気が続いている▼多作だった作家は、遅いデビューからの40年間に1000点以上の作品を書いた。小説から歴史書、評論など分野は多岐にわたる。すべてを読むのは不可能だろうが、好みの作品を選んで清張ワールドにひたることはできる▼函館市中央図書館では、生誕100年を記念して所蔵の全集などを今月末まで展示している。好きな作品を借り出し、夜を徹してあの面白さにひたるのも悪くない。(S)


6月4日(木)

●「記憶違い」について話題になった。語る内容は確かだが、日時や場所が違っている。しかし内容は克明で、作り話とは思えない▼函館空襲の体験者を訪ね歩いたことがある。戦時中、旧国鉄函館駅で働いていた当時19歳の女性は、上司が真っ先に逃げる中、電話線を抜き、貴重品などを袋に詰め込み、命からがら防空壕(ごう)に逃げ込んだ。宿直明けの1945年7月15日だったという▼証言が具体的で、語った内容は恐らく事実だと思った。しかし、紙面には掲載できなかった。函館駅が壊滅的な被害を受けたのは7月14日だからだ。女性は「間違いなく15日でした」と語った▼こうした証言は、例えば函館市史にも引用できないという。市史は自治体の正史で、信ぴょう性のある内容であっても日時や場所が違えば誤記になる。だが「記憶違いだろうが、こうした情報もあった」という形で研究紀要に残すことはあるという▼「いつ聞いても同じ内容しか話さない人の証言は信用できる」。函館空襲の聞き取り調査を続けている七飯町の浅利政俊さんから、以前うかがった。真実は一つであるからこそ、同じ内容や証言にしかならない▼前出の旧国鉄函館駅職員の空襲体験談も常に同じだったから、日時の記憶以外は真実性が高いだろう。兵士の出征や遺骨の帰還など、緊張に満ちた駅の様子なども克明に聞いた。史実を探る超一級資料であることは間違いない。(P)


6月3日(水)

●「女房を 質に入れても 初鰹」は、カツオが高価で珍重された江戸時代の川柳だ。女房を質草にして金を借りてでもカツオを食したいと願った江戸庶民ほどの執念は、もちろん持ち合わせていない▼だが、函館・道南に住む私たちは、イカの初物が出回り始めるとそわそわしてしまう。取れたてのイカを刺し身にして、おろしショウガを溶いたしょう油にちょっとつけ口に放り込む。しみじみうまいなぁ、と口中に広がる甘みに陶然となる▼そんな幸せ気分に浸れる季節がやってきた。解禁になったばかりのスルメイカ(マイカ)が、きのう函館漁港などに初水揚げされた。競り落とされたイカは早速魚屋の店頭に並び、待ちわびた市民らが買い込んだ▼解禁初期のイカは、やや小振りだ。それだけに身は軟らかく甘みが繊細だと、なじみの居酒屋の板長が太鼓判を押す。なるほど板長が細作りにしてくれたイカは、甘みの余韻を口中に残して、のどを滑り落ちていった▼イカ漁は昨年、思わぬ苦境を味わった。燃料油が暴騰し、出漁すれば赤字が積み重なって経営が圧迫される危機に見舞われた。漁の最盛期にいっせい休漁する苦渋の決断も余儀なくされた。豊漁に水差す事態だった▼今年は原油価格が落ち着き、燃料油も平年並みだ。投機資金が流れ込み、原油が異常高騰した昨年のようなことはあるまい。年明けの漁期が終わるまで、新鮮なイカをたらふく食べよう。(S)


6月2日(火)

●選んだ歌はミュージカル「レ・ミゼラブル」の挿入歌「夢やぶれて」だった。だが、英スコットランドの無職の独身女性、スーザン・ボイルさんはプロの歌手になる夢を実らせた▼スーザンさんは、少し太めの48歳。英テレビの人気オーディション番組に出演した映像が、動画投稿サイト「ユーチューブ」で流され、地味な”おばさん”の雰囲気とは似合わない素晴らしい歌唱力で人気者になった▼10組が出場したオーディション番組の決勝では、ストリートダンスのグループに惜しくも及ばなかったが、見事に2位に入った。スーザンさんは歌のうまさと人気を買われ、近くレコード会社と契約することになるという▼田舎のおばさんが、連日のようにメディアに登場して一躍有名人になる。人気の沸騰に貢献したのが動画サイトだったことは、ネット時代を象徴する。ネット上には、夢を実現に導く魔法の杖が潜んでいることを図らずも示した出来事だ▼かつて日本にも視聴者参加型のタレント発掘番組があった。1971年から12年間、日本テレビ系列で放映された「スター誕生」である。番組からは山口百恵、桜田淳子、森昌子、ピンク・レディー、岩崎宏美などが巣立った▼あすのスターを夢見て歌に自信を持つ若者たちが多数応募していた。熱気をはらんだ審査風景と合格して泣き出すタレントの卵たちの様子が初々しかった。スーザンさんの動画が「スタ誕」に重なった。(S)


6月1日(月)

●刺されるとかゆい。マラリアや日本脳炎などの伝染病を媒介する。しかも、ブンブンとうるさく飛び回り、安眠を妨害する。蚊(か)を好ましく思う人はまずいまい。嫌われ者の筆頭と言っても過言ではない▼深夜の公園にたむろして騒ぐ若者も嫌われ者ということでは蚊と同じだろう。服を脱ぎ、大声を出してヒンシュクを買ったアイドルは、謹慎が解けてタレント活動を再開したが、若者が集まって騒ぐ夏はこれからが本番だ▼傍若無人な若者を公園から追い出す作戦を東京足立区が始めた。使用する武器は「モスキート音」発信装置。モスキートは英語で蚊を意味する。蚊の羽音に似た耳障りな高周波音を出して騒ぐ若者を撃退する戦術だ▼同区の公園では若者たちが騒いで、公園の設置物を壊すなどの被害が続出していたという。若いエネルギーが、深夜の集団騒音と器物損壊にはけ口を見い出していたのだ。周辺住民はたまったものではない▼若さに付き物の一時的な熱狂と放って置くことも出来なくなり、最新装置の導入に踏み切った。ただし、この装置が発する高周波音は、若者には「キーン」と聞こえても、聴力が衰える大人世代には聞こえないそうだ。もちろん害はない▼〈世の中に蚊ほどうるさきものはなし 文武(ぶんぶ)といひて夜もねられず〉の江戸時代の狂歌を思い浮かべる。さて、蚊の羽音で若者を蹴散らす作戦、うまくいったらご喝采。(S)


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