「新幹線開業に備える(5)九州新幹線・熊本」
 熊本市は九州の中央部に位置し人口約67万人、周辺部を含めると100万人規模の都市圏を擁する九州の中核都市である。その熊本市に新幹線の開業が迫っている。現在、九州新幹線は熊本県南部の新八代駅から鹿児島中央駅間が部分開業しており、2011年には博多から熊本を経て鹿児島中央駅までの全線が開業する予定となっている(図1)。

 全線が開業すると、博多から熊本までは現在の1時間15分から35分に、熊本から鹿児島中央駅までは55分から45分にまで短縮される。熊本から広島までは1時間35分となり、新大阪まででも2時間56分に。全線が開業すると熊本から九州域内あるいは他地域との時間距離は大幅に短縮されることになる。

 これらの新幹線による効果を地元ではどのように捉えているのだろうか。地域の関係者に聞いてみると、口をそろえてこう言う。

 「熊本は新幹線全線開業に対する期待感は実はあまり大きくない。むしろ、地域間競争が激化する中、中間駅ということで地域が埋没してしまうかもしれない」。熊本地域では全線開業時に、九州中央部に位置することを利用して交通、業務などでの拠点性を高めることや観光・ビジネスなどで関西方面との交流が生まれる効果を期待している。

 一方で、熊本駅が開業当初からターミナル駅ではないため、「通過駅」としての位置づけにさらに拍車がかかることに最大の危機感を持っている。新函館の場合は、開業から当面の間はターミナル駅であるが、札幌までの延伸が実現すれば、通過駅の色彩が濃くなる。

 熊本では地域の魅力を開業までに高めておかなければ、開業当初から乗客に通過される可能性があるとの認識が強い。そのため、熊本駅を通過駅とせずに新幹線開業の効果を最大限に活かすための議論や取り組みを始めている。

 平成14年度から官民の自主的な会議などで議論が行われてきたが、平成17年度から県庁が中心となってそれらを統一した議論の場を設けている(図2)。まず、推進の母体となる組織「新幹線くまもと創りプロジェクト推進本部」を立ち上げた。

 推進本部は交通部会、交流促進部会(観光)、農林水産業・商工業振興部会、住みやすい熊本実現部会の4つの幹事会があり、各部会は関係民間団体、行政機関の実務者で構成されている。推進会議で議論を行った結果、昨年には「新幹線くまもと創り」というソフト中心の基本プラン(中間報告案)をまとめている。

 熊本地域の取り組みで特徴的なのは、準備にあたる推進本部の多彩なメンバー構成と地域づくりにつなげるソフト面での明確なビジョンの提示である。推進本部の部会ではJR、観光・商工業関係団体は勿論のこと、新幹線の二次交通に関わるバス・タクシー・レンタカー協会、航空会社のほか、スポーツ、文化、教育、福祉関係団体まで幅広い参加を得て、官民を挙げた「オール熊本」の布陣を実現している。

 また、ビジョンについては総花的にならないよう、事業ごとの進捗状況の管理などを行うことにより、実現性の高いプランを策定する方向にある。

 現在は全線開業に向けて各種の事業を立ち上げようとしている段階だが、既に県内で部分開業している地域ではビジョンに沿った様々な取り組みが始まっている。

 例えば、名物料理の開発。八代市では特産である鮎、ハモを素材に「あゆ御膳」、「はも御膳」を考案し、来訪者は勿論、地元の人達がランチとして食べやすいメニューとして好評を得ている。さらに、開通記念に考案された新八代駅駅弁「鮎屋三代」が九州駅弁人気ランキングで2年連続1位を獲得するなど、食の面での取り組みが着々と進んでいる。

 また、水俣市では受入体制整備の一つとしてタクシーガイドの育成に取り組んでいる。「タクシードライバーが駅に降り立ったお客さんが最初に出会う、水俣の顔」と考えてのことである。既に水俣市内で乗務するタクシードライバーの半数以上が研修を受けており、修了者の車には認定ステッカーが貼られている。

 このように熊本県では、新幹線全線開業に向けてソフト事業を中心にして効果を全県に波及させようと準備を進めているところである。今後、本格的に準備に取り組む際に函館地域にとっても示唆に富む先行事例になると思われる。

(協力:日本政策投資銀行)
(執筆:北海道支店企画調査課調査役 佐藤賢志)

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